櫻井さんは私の前で足を止めると、普段からは想像もつかないひどく冷たい目であたしを見下ろした。



「……姫咲様、こんな時間にどこへ行かれるのですか」


「え、や、どこって」


「寮にお戻りください。まだ学園へ行くには早過ぎるでしょう」



そういうわけにもいかない。


しかし困ったことにあたしの口からは反論の言葉が出てこなかった。


言い負かされているわけじゃない。


ただ本能が、それをやめておけと言っていた。


櫻井さんに逆らうな、と。


敵わない、と思った。


これまで一度も感じたことはなかったそういう本能的な恐怖を、あたしはいま櫻井さんに感じているのだ。