「夏樹、こんなとこでヤってんのか」

 聞こえてきた声に体が固まる。嫌な汗が背を伝っていく。

 夏に抱きしめられて、目の前が暗くなる。

「兄貴…」

「それ、俺の取ったんだろ。あ?」

 兄貴って…。恭也って人、夏のお兄さんなの…?

 だから、だから夏は帰れないって言うの?

 お兄さんが怖くて、怖いのに逃げられないの…?

 わずかに夏の体が震えている。だけど、私を抱きしめる腕の力は強かった。

「こいつは俺のだって、言っただろ」

「あ?…あん時の。ッチ、夏樹、逃げたら分かってんだろうな」

「…分かってる」

「ならいい。…感動の再会だか知らねぇが、こんな汚ねぇとこでやんじゃねぇ」

 離れていく足音がする。それと同時に夏の震えも緊張も収まっていく。

 完全に見えなくなったのか、夏が大きく息を吐いたのが分かった。