“少しはこっち見て欲しいなぁ”

なんて思った瞬間にこちらへ景子が振り返る。
「2番テーブル、ブレンドお願いします」
ドキッとしたが視線は完全にマスターへのみ…
丁寧でいて繊細な作業でマスターは珈琲を淹れる。そろそろ帰ろうと思った矢先にサッとグラスを取られ立ち上がる動作を封じられる。
「お水、おつぎします。…石田あと一時間だけ待ってくれ、そしたら上がりだから」
そう耳元で囁かれ、背すじを正し椅子へ座り直す。鏡を見たり手で触れたりしなくても体温で分かる…自分の顔が真っ赤だということが
「はい、おかわりどうぞ」
とマスターが珈琲を新しいカップと入れ替えで出してくる。
「ああ、僕からのサービスだからお代は気にしないでいいよ。勇くんの恋の応援って事でね」
「なっなな何の事ですか!」
更に顔を赤くしながら勇は反論する。そんな談笑の中、扶川が荷物を持ちテーブル席を立ち出口へ向かうが会計レジを無視でスルーしてゆく…流石にマスターが止める。
「お客様、何かお忘れではございませんか?」
これでもかという程のふてぶてしい目での扶川の言い分
「我慢して食ったけど、まさか、あんな不味い飯と珈琲で金払えっての?」
滅茶苦茶なクレームを言い放つ扶川に対してマスターはいたって冷静に返す。
「お口に合わなかった事は誠に残念ですが、こちらも商いでございますので、お会計を頂きます」
扶川の前に立ち出口を背にするマスター
「何だよ?その目は?人見下してんじゃねぇよ!」

「そんなつもりは無いのですが、これは失礼しました。申し訳ありません」
長身のマスターが深く頭を下げる。にやりと笑い、その体勢を利用し顔面へ膝蹴りを入れようとする…しかし、直撃の前に扶川の視界が半分遮られ動きが硬直する。いつ放ったか分からない景子の右上段蹴りが綺麗に寸止めされていた。思わず“一本!それまで”と言いたくなる。