「邪魔、って……」

自分に向けられたタイガの視線の強さに、ヒナは我知らず鼓動が早くなるのを覚えた。

「惣右介会長は、俺の恩人だ。俺がこの会社に入ることができたのも、事業部長なんて分不相応な立場でいられるのも、すべて惣右介会長のおかげだ。婚約破棄されて落ち込んでいた俺が立ち直るきっかけをくれたのも――」

そこまで言って、自分が話しすぎたことに気づいたらしいタイガは、ゴホン、と咳払いをする。

「とにかく――惣右介会長は、俺にとって実の両親にもまさる恩人だ。惣右介会長の晩節を汚すような真似をする不貞の輩は、誰であれ俺が許さん」
「晩節って……」
「そうでないというのなら、俺の質問に答えろ。聞きたいことはふたつ。1、お前は惣右介会長とどういう間柄か。2、企んでいるのは次期会長夫人の座、ということだけなのか……」


沈黙落ちる小部屋のなか、壁の向こうから静かに響くピアノの音が、時間の流れをよりいっそう遅いものに感じさせる。


違う、と言っても、タイガは聞く耳を持ってくれそうもない。

それに――――


――これならば、いっそ、怒鳴られていたほうが楽かもしれない――


ヒナは、苦しくなった呼吸を助けるように自分の喉元に手をやる。
暴言を吐くわけでも、頭ごなしに怒るわけでもない。

けれど、ただ見つめてくるタイガに、ヒナはこれまでで最も“恐れ”に近い感情を抱いた。

営業マン時代のタイガには、新規営業は門前払いを食らわせることで有名な社長と初回の飛び込み営業で数時間語り合った、とか、製品の不具合をお詫びいったはずがなぜか新規の注文をとってきた、とか、数々の伝説的逸話が残っているが――

ただ見つめられているだけで感じるこの無言の圧力こそが、その秘密なのかもしれなかった。