全面ガラスばりの向こうに広がる景色は、いつもは下から見上げるばかりのビルの群れを配下に見下ろしている。

広いフロアには、高級ホテルのフロントを思わせるソファやテーブルがしつらえられている。そこに座っているのは、スーツを着た年配の男性ばかりだ。
その間を、黒いエプロンを身につけたウェイターやウェイトレスたちが水槽に泳ぐ熱帯魚を思わせる優雅さで黙々と歩き回っては、ほかほかの湯気のたつ料理を提供したり、水やコーヒーを継ぎ足したり、あるいはソファに座る客たちに呼び止められてそのオーダーに耳を傾けたりしている。
スピーカーから流れているのかと思ったピアノはどうやら生演奏だったらしく、部屋の中央に設置された噴水の隣で、水色のドレスを着た女性のピアニストがグランドピアノで柔らかなショパンを奏でていた。

「ここは……」
「幹部社員用のラウンジだ」

なんで知らないんだ、と言わんばかりの横柄な態度でタイガが答える。
言われてヒナは改めて周囲を見回した。
たしかに、会社のホームページでしか見かけたことのないタカミ商事の取締役やら、経済新聞で見かけるどこぞの大企業の社長やらの顔が、そこかしこで楽しげに談笑していた。

「幹部社員への食事提供だけじゃなく、取引先との接待に使われることも多い。ここで騒いでくれるなよ」
「わ……っ、わかってますよ!」
「お前みたいな女が仕事のことをわかっていたら、俺たち幹部は苦労しないで済むんだがな」
「……っ!」

ヒナの怒りを無視して、タイガは周囲を歩くウェイターのひとりを呼びとめ、なにごとかを耳打ちする。
そのウェイターの案内に従って、タイガとヒナは、フロアの隅にある小部屋へと案内された。

「兼森事業部長、お食事は……」
「注文するするとき呼ぶ」

タイガの答えに、ウェイターは深く一礼して姿を消す。

「さて……」

タイガが、ぐるりと顔を動かして、ヒナの顔を正面からのぞきこんだ。

「これで、邪魔は入らない」