タイガの言う通りにするのもシャクだったが、出入り口からこちらに、呆然とした、あるいは嫉妬混じりの視線を向けてくる他社員たちを見る限り、たしかに、ここでタイガと言い合いを続けるのも得策ではなさそうだ。

ヒナの体から力が抜けたのに気づいた兼森タイガは、一瞬視線を左右に動かして――周囲の状況を確認する。
そして、ヒナがこっそり逃げようとしていた、非常階段口へと通じるドアを開いた。

「こっちでいい。来い!」

引かれるままに、コンクリートむき出しの非常階段エリアへと足を踏み入れたヒナの背後で、鋼鉄製のドアが重々しい音を立てて閉まった。

「あの……」

それで、どういうご用ですか、とヒナが尋ねるより早く、タイガは、上へと向かう階段を上りはじめる。
手首をつかまれたままのヒナはしかたなくそれに従った。

カツカツカツカツ
カツカツカツカツ

会社指定のハイヒールを履いた状態で、早足のタイガについていくのは厳しかったが、タイガに対してこれ以上弱音をはくのは悔しい気がして、ヒナは口から荒い息を吐きながらどうにかついていく。
ゆうに10階以上は登った、と思ったところで、タイガが、ようやく非常階段エリアから業務エリアへと通じるドアを開ける。

ドアの向こうから、ピアノの音が聞こえてきた。