いつもみたいに叱りつけて欲しいのに、こんな時ばかり甘えさせないで欲しいのに……



「先輩はズルいです……」


何とかして食い止めないと、私は悪魔の囁きに耳を傾けてしまう。


「無能な奴は嫌いだと言っておきながらピンチの時は必ず側にいてくれる。私みたいな出来の悪い後輩のことなんてほっといてくれていいのに。今だって、汗なんか拭かなくていいのに……」


訴えてる先からボロボロ涙が溢れてくる。
言葉とは裏腹に、もっと優しくして欲しいと願う自分がいる。


「優しくしないで下さい……勘違いしてしまう……」


鬼は鬼のままでいていい。
今の私には、その方が有難いーー。



「ガタガタ文句言うな!」


強い口調で一喝された。
額を拭く手を止めてた人は、声を上げると同時に再開した。


「俺はお前の教育係を任されてるんだぞ。出来のいい悪い以前に体調くらい気にする!」


首の回りも拭けと手渡される。

無理矢理押し付けられたハンドタオルを握らせたまま先輩の口が開いた。


「お前、今みたいに毎晩魘されてるのか?」


ピクッ…と微かに動いた指先に目線を落とした先輩は、真っ直ぐな視線を私に向けた。



「若山……」


名前だけ呼んで後は何も言おうとしない。



(こんな沈黙……やっぱりズルいよ……)