過保護すぎる環がおかしくて思わず笑う。
これ以上ここにいても埒が明かない。
「お金を渡して関係を絶つ、あんた達のシナリオ通り動くってば」
「10分経っても出てこなければドアを蹴破ります」
「別れを惜しむ時間もないのね」
冗談をかまして一目散に雨の中アパートへ向かう。
車から出る瞬間、後ろから鼻で笑われた気がした。「10分で十分だろ」だとでも言うように。
屋敷で借りたサンダルが走りづらくて思いの外濡れてしまった。
こんな住宅に寝巻き浴衣にサイズの合わないサンダルなんて一体劇団員がなぜ?と思われてしまうような格好。
借りた浴衣が肌に張り付いてて気持ち悪い。
気休め程度に雨を払い意を決してドアを開けた。
「ーーーーーッうわ!」
するとその瞬間、目の前から何かが飛びついてきた。
体当たりをしてきたそれは打撃を与えた後、温もりと匂いも届けた。
離すまいと言うように体に巻きつく腕も、この大きな背中も。微かに聞こえるこの鼓動も全部、私のものだ。
背後でドアが閉まる音がしてうるさい地面を叩く雨の音は遠くなった。
「…葉月」
苦しいくらい抱きしめる葉月は微かに震えている。
「もう、帰ってこねぇと思った…」
安堵からくるものなのか、紡ぐ声も震えてる。