蜘蛛男の表情は変わらなかった。これではヤツを怒らせることは出来ないらしい。ふん、心の中でもう一度鼻をならし、私は口角を上げる。

 体術では負けるだろう。体力も違う。それに、ヤツのスピードはとても速い。だけど、口喧嘩では絶対勝ってやるんだから──────────

「なにが策を巡らすよ、バッカらしい。あんたがしたのはあちこちに出没することだけじゃないの。蜘蛛の巣に引っかかる私達を見たいのでしょうけど、残念ね、それは叶わないわ」

 蜘蛛野郎が首を傾げた。初めて私の意見に興味を持ったような顔をしている。

「私は、その巣の上で踊ってみせる。それも凄く細くて素敵なピンヒールでね」

 蜘蛛野郎が、口元を緩ませた。

 私はそれでも続けて言葉を出す。

 暗闇の中に立つ、バカ野郎に向かって。恐怖などちっとも感じなかった。今は、興奮状態にあると判っていた。

「ちゃんと私達の調査をしたの?なら知ってるはずよ、うちのダンナは──────そんな繊細な糸なんて気にせずに、あっさりとその場ごと吹き飛ばすような人なのよ」

 蜘蛛がいきなりヒュッと近づいた。

 急にのびて来たヤツの両手を、私はギリギリで何とかかわす。スピードが速くて手の動きで風が鳴ったほどだった。

 うわお!私は身を屈めながら、伸ばした左足でベビーカーを蹴り飛ばしてヤツとの距離を稼ぐ。

 両手を私の首めがけて伸ばしたヤツは、そのあとは続けて攻撃をしかけなかった。それよりもパッと後ろに飛びのいて私に言った。

「・・・子供はいないのか」

 質問ではなかった。

 私は屈めていた身を起こしてあはははと笑ってやる。