私はうっとうしいその手を払ってから夫を見上げて言った。

「挑発なんてしてないでしょ?挑発するならもっと判るようにやってるわよ。あからさまに見下して、鼻で嗤うとか。だってこの人がバカよろしく勝手に情報を喋るから・・・」

「ば、バカだと?」

 呆れたような蜘蛛の声がして、桑谷さんがイライラと舌打をする。

「ちょっとお前は黙っててくれ、先にウチの嫁さんと会議中だ」

「会議って何よ。それに私は妻であって嫁じゃないわ。もうさっさと帰りましょう、こんなバカ野郎放置して」

「だからまり!頼むから────」

「挑発じゃないでしょ!バカはバカで事実なの!」

「・・・お前たちのことは調べられるぞ。このままで終われると思うなよ」

 低い低い、そしてざらりとした蜘蛛の声が聞こえた。パッとヤツを見ると、目を細めてこちらをじっと見ている。何て判りやすい威嚇!私はちょっと驚いたけれど、桑谷さんはあっさりとその言葉を片手で払いのける。

「ああ、調べるのは簡単だ。何でもやってみればいいだろう。だけど全く同じことがお前にも言えると覚えといてくれ」

「潰してやる」

 蜘蛛がぽつりと呟いた。隣の桑谷さんの体が緊張したのを感じ取った。きっと、同じことを考えているはずだ。つまり、私達の急所、雅坊のことを。

 さっきまではなかった感情が私にも生まれつつあった。

 焦りや後悔などでは勿論ない、これは、メラメラと燃えるような、怒りだ。

 私はヤツを見据えたままで、一語一語ハッキリと区切って言った。

「やってみなさいこのクソ野郎。その前に、こっちがあんたを潰してやるわ。自分の仕事が自分のへまで失敗したからって、一般人を巻き込んで恨みをぶつけるようや間抜けな野郎に、私が潰されると思ってるの?」