「歩け、まり。そのままのスピードで」

 繋いだ手に感じる引力。私は夜の闇に表情を隠してすぐに歩き始めた。・・・誰かに尾行されている?全く気がつかなかったけど・・・。彼はいつ、気がついたのだろうか。

「・・・どうして判るの?」

 小さくした声で隣にそう聞くと、夫はぶっきらぼうに返答した。

「足音が被っている。それは、意識しないと出来ないことだ」

 ・・・へーえ?

 思わず眉毛を上げてしまった。被ってる?足音が?・・・何のこったい、そりゃ。

 だけど言われてから注意深く耳に意識を集中させると、確かに、私のヒール音にかぶさって足音が聞こえるようだった。なぜそれが普通の状態でわかるのよ、あなたは。

「右だ。そこに入って。多分、あの蜘蛛野郎だろう」

 桑谷さんがそう言って、私達は手を繋いだままで自宅から離れた路地の暗がりに入っていく。ここを抜ければ別の駐車場で、行き止りだと知っていた。

 ・・・ああ、何てことなの。今晩はまだ終わらないってことね─────────

 私が歩くのを停めると、暗闇の中の音もぴたりと止まった。そこには外灯の明りはとどかず、ヤツの姿は見えない。

 だけど、私もそうだろうと思っていた。私達を尾けているとしたら、あの何でも屋だろうって。

「おい、お前は尾行が下手なんだな」

 駐車場に入って真ん中ほどで立ち止まった桑谷さんが、暗闇に向かってそう言いはなった。