滝本さんは飯田さんにホテルへの送りを淡々と指示すると、マネージャーに体を向けてはっきりと言った。

「断酒することをすすめます。あなたは自分の人生を無益に複雑にする酒を飲むべきではない。800万なら働けばさほどかからず返せる金額でしょう。社会勉強代を支払ってこれで面倒とはさよならしよう、そう強く思うべきですよ」

 彼は、真っ青な顔で滝本さんを見ていた。

 ドアへと誘導する前に、滝本さんはいつもの柔和で謎めいた微笑を浮かべたままで、マネージャーに更に近寄る。そして、彼の耳元でゆっくりと囁いた。

「・・・でないと、金だけじゃなく、今度は命を奪われますよ」

 新井さんは目をぎゅっと閉じて、体を固めて立っている。桑谷さんが滝本さんに近づいて、とん、と肩を押した。

「おい英男、あんまり脅すな。今日は十分痛い目にあってんだ。これから気をつければいいんだよ。ほら、戻らないと、会場へ。まだマネージャーとしての仕事もあるんでしょ?」

「う、あ・・・はい」

 心配そうに覗き込む歌手に頷いてみせて、新井さんはぎこちなく事務所内の人間に頭を下げる。それから飯田さんに誘導されて、事務所を出て行った。

「あーあ、何だかなあ!ですねえ~!!ついでにウチに仕事くれたらいいのにさ、トラブルが心配なら」

 誉田さんがそういって、腕をぐるんぐるんと回している。湯浅さんが戸締りの準備をして回る中、お疲れ様でしたと声をかけて、私達も出ることにした。

「彰人」

 うしろから、滝本さんが夫を呼び止める。