ふむ、と滝本さんが頷いた。新井さんもそれは知っているようだった。とくに驚きもせずに歌手の話を聞いている。私はヒールが疲れてきていて黙って椅子に座らせてもらう。その間に、湯浅さんがコップを洗って戻ってきた。

「あなたをつけていた、相手は誰か判っているんですか?」

 滝本の質問に、マネージャーの新井さんがあのーと声を出す。

「ミレイさんに相談されて、僕は近づいたことがあるんです。ストーカーに気がついた最初の方に。迷惑だからやめろっていうために」

 部屋の中の全員が新井さんを見た。歌手はまだ考え込むような顔をしている。

「だけど、すぐに逃げられました。僕がいくと男は笑って、大丈夫、手は出さないよって言って走っていきました。それで警察に相談にいったんです。北川ミレイには小さいけれどファンクラブもありますから、熱心なファンの一人かと思ったんですが」

 皆が一斉に考え出したように、しばしの静寂がその場を支配した。滝本さんは腕を組んで歌手とマネージャーを見ていたけれど、その内に頷いた。

「関係がある、と思います。だけどどうにも情報が少なすぎる。うちで調査することは出来ますが、それも依頼があってからの話ですし、今現在あなた達が自分が危険な立場にいるという認識がないのでどうしようもない。まあ、とにかく────────」

 ぐるっと部屋中の人間を見回した。

「今夜はここまでにしましょう。あなた方はホテルまで送ります。必要だと思われたら警察に行くがいいと思いますが、蜘蛛──────あなた達に睡眠薬を飲ませたあの男が今晩さらに何かするとは考え難いので、しばらくは身辺に気をつけて下さい。いいですか?」

 二人は暗い顔で頷いた。