「やっかいごと?」
桑谷さんの言葉にまた頷く。
「なら」
人差し指で鼻をこすって、桑谷さんが肩をすくめた。
「言ってみてくれ。もしかしたら、力になれるかもしれないからさ」
マネージャーは頷いた。
わお。
私は素直に感心して、拍手しそうになる。思案していたマネージャーを、あっさりと陥落させたその手口に驚いたのだ。彼がしたのは至極簡単。シンプルな直球の問いかけで、考える気を失わせることだった。ひょうきんな物言いと、あの無邪気な少年のような笑顔で。俺は、敵じゃないって。
すったもんだの挙句恋愛をして結婚にいきつき、彼の息子まで産んではいるけれど、未だにこの男の深いところを私は知らない、そう思うのだ。
そう思う時が、彼といるとたまに起こる。
そしてそれが、夫の魅力でもあるのだろう。
いつまでも辿り着けない深い闇を背負った男─────────
誉田さんが嬉しそうな顔をしている。滝本さんと飯田さんはわかっていたような顔をして、軽く頷いていた。湯浅さんは微かな笑みを口元に浮かべ、彼らの飲んだコップをキッチンへ運んでいく。
「新井君、何なの?どうしたのよ?」
それどころでない歌手が完全に彼の肩を掴んで揺さぶった。マネージャーが唾を飲み込む音。滝本さんが歌手を彼からゆっくりと引き離し、促した。
「さて。・・・どうしたんです?若いあなたが巻き込まれそうなトラブル・・・。女性関係か借金、どちらですか?」
マネージャーが目を見開いた。その顔は、怯えているようだった。