・・・ははあ、この人、何か覚えがあるんだわ。
そこにいた全員がそう思ったようだった。にわかに緊張感が走った調査会社の中で、青い顔をして脂汗を浮かべたマネージャーの新井さんは俯いている。
「どうしたの、何か・・・知ってるの?」
歌手が屈み込んでマネージャーの肩を控えめに叩いた。
しばしの静寂がその場を支配する。
私は壁の時計を見上げてうんざりしてきた。今は11時半をすぎている。予定では家に戻って素敵なバスタイムを過ごし、もし体力があれば、ちょっと夫と仲良くなっておこうかな、なーんて考えていたのだ。
だけど、どうよ?実際はまだ余所行きの、しかも化粧が崩れた顔とヨレヨレの姿で滝本さんの調査会社の真ん中にいて、たった今吐いたばかりで顔色の悪い青年が口を開くのを待ってるわ!
だけど、ちゃんと判っていた。
こうなるように仕組んだのは私だってこと。判ってます、人のせいにはしませんとも!
「うーん?何か話すことがあるんですか?」
桑谷さんが彼特有の、低いけれどひょうきんな言い方で話しかけた。その言い方で一瞬、場の空気が和らぐ。ヒョイとしゃがみ込んで、夫はマネージャーににっこりと笑いかけた。きゅっと大きく口角を上げたその笑顔は、普段はやたらと威圧感がある彼の雰囲気を一気に幼くて無邪気なものへと変える。
その変化は劇的で、例えるなら強面のヤクザがいきなりお笑いタレントになるような感じだ。
マネージャーの新井さんは、目を瞬いた。それから、口をあけてぽかんとしたような顔でそろりと頷く。