「そうだ、私達、あのお茶を飲んで─────────」
「この男をご存知ですか?」
歌手の声を遮って、桑谷さんが携帯電話を差し出した。そこには先ほど撮っていた蜘蛛の顔がうつっている。二人は一斉に携帯電話に目を落とし、怪訝な顔をして首を振った。
「・・・いえ。知りません」
「僕も」
パタンと携帯を閉じた桑谷さんに代わって、椅子に座った滝本さんが話しを続ける。
「この男がペットボトルのお茶に薬を仕込んだようです。あなた達が眠ってしまったあと、この桑谷夫妻が控え室にいきました。そして眠っているあなた達を見つけて驚いていると、この携帯の男がやってきて、暴れ、逃げたんです」
多少事実は違うけど。私はこっそりと心の中で呟いた。だけど、起こったことは間違いないわよね、うん。
「夫妻はあなた達が何か事件に巻き込まれたのだろうと考えた。それは、桑谷夫妻の知り合いである私達があの男のことを知っているからです」
私達、のところで調査会社のメンバーを片手で示して、滝本さんは微笑んだ。
「さっきの写真の男は犯罪のプロです。彼がやるのはいわば裏の世界の仕事。そんな男に眠らされるような覚えはありませんか?特に覚えがないのであれば何か込み入った話なのかもしれないし、もしかしたら──────可能性はかなり低いですが──────人違いということも有り得る。そうなれば私たちでは到底力になれませんから、今から病院と警察へお連れします。あったことを話し、保護なり調査なりしてもらうべきですよ」