「河野さん。」

ふいに後から声をかけられる。

振り返ると、同じクラスの松宮くんが廊下の方に親指を向けていた。

親指の方向を見ると、マサキが扉に腕をもたれかけてこちらに手を振っていた。

「あ、マサキ先輩じゃん。」

マドカが先に言う。

マサキの姿を見た瞬間、またもや不覚ながらも顔が熱くなった。

何しに来たんだろ。

もう一度ちらっと見やると、マサキは「おいでおいで」と手招きしていた。

「ほら、マサキ先輩呼んでるよ。」

もう、やだー。

冷静に装おうとすればするほど、心臓のバクバクは激しくなっていく。

うつむいたまま、呼吸を整えながら、ゆっくりとマサキの方へ歩いていった。

こういうとき、マドカも付いてきてくれりゃいいのに、知ってか知らずか他の友達のところへしゃべりに行ってしまった。

マサキの足が見える。

だんだん近づいてくる。

マサキの上靴は随分履き込んでるのか黒ずんでいた。

ゆっくりと顔を上げた。

マサキの黒目がちなキラキラした瞳を見る勇気がなくて、視線はマサキの口元までしか上げられなかった。

「おはよ。」

マサキの唇が動く。

「おはよう。どうしたの?朝から。」

「いや、お前の教室まで押しかけるのもどうかと思ったんだけどさ、ちょっと気になることがあって。」

マサキの声色がいつものトーンより低いのが気になって、ようやく目線をマサキの瞳に合わせた。

いつもみたいにニヤニヤせず、真面目な顔をして立っているマサキがそこにいた。

日にやけた小さい顔。

少年みたいにキラキラした瞳に吸い込まれそうだった。