「桜子さん、こっちこっち!」

晴は透明なガラス扉の前で私を手招きする。

いりぐちからちらりと見えていたのはこの温室のようだ。

全面がガラス張りになっていて、高さは三階建てのマンションくらいある。

中は緑が生い茂っていて、湿度が高く、南国のような雰囲気だった。

「早く早く!」

扉をあけて私を中に入れると、晴も後から素早く中に入り、扉をしめた。

温室の中は太陽光がたっぷりと差し込み、明るくて暖かく、どこからからともなく、水の流れる音もする。

植物園?

晴に尋ねようと振り向いた私の目の前を、一羽の蝶々がひらひらとゆっくり舞う。

その優雅な舞い方は、私を敵だと見なしていないようで、まるでここは私の住む世界であなたがお客さんよ、とでも言いたげで、とても……美しかった。

「うわぁ……」

二羽、三羽、四羽、五羽……。

見上げると、数えきれないほどの蝶々が舞っていた。

「放蝶温室ですよ」

晴が蝶々の種類や特徴を教えてくれたけれど、私はほとんど頭に入らなかった。

天女のように、ひらりひらりと自由に飛び回る蝶々の姿をただうっとりと見つめて、耳に心地いい晴の声を聞いていた。

そして、初めて。
生まれて初めて、ほんの少しだけ虫を好きになった気がしていた。