ぜえぜえと肩を揺らしながら、薬学部の建物内に入ると、同じ薬学部の麻衣(まい)が私に気づいて小走りでやってくるのが見えた。

「桜子! 探してたんだよ」

「麻衣……、私の肩になにか載ってないよね!?」

「肩? なにも載ってないけど……どしたの?」

「さっき……私の肩に虫が載ってた」

そのまで言って、改めてさっきの出来事を思い出すと、私は思わず「おえ」とえずいてしまった。

本当に気持ちが悪い。あの黒くてもぞもぞとした得たいの知れない生き物がついさっきまで私の肩にのっていたなんて。
無意識に両腕を抱え込むようにさする。

「ええ……虫? ほんと、このキャンパスって虫が多いよね」

私と同じで虫が苦手な麻衣は顔をしかめて、私の肩の辺りを気持ち悪そうに眺める。

「その虫は? 飛んでいった?」

「なんか……よくわかんない男の人が取ってくれた」

「よかったじゃん。もし、まだ載ってても、私、絶対取らないからね」

わかってるって。
もし、麻衣の肩に虫が載っていたって私も取らない。
むしろ、猛ダッシュで逃げる。

「で、なんか用だった?」

麻衣が私を探していたらしきことをふと思い出して聞いてみると、麻衣はそうそう、と嬉しそうにうなづいた。

「今度の新入生に王子様みたいな子がいるらしいよ!」

「あ、そ」

自称男前同好会会長の麻衣がたまに私に回してくる『男前情報』は、どこから仕入れてくるのかわからないけれど、それなりに正確でいつも驚かされるのだけど。
私はあんまり興味がない。
そりゃあ見る分にはいいけれど、あまりにも顔が整った男の人って、実は性格が悪いとか、束縛がきついとか、さもなくば変な性癖があるとか。
なにか裏があるような気がしちゃうのだ。