頭がガクッと落ちた衝撃で、目を開けると、芝生の上に広げられた晴のシャツの上で体操座りをしたまま、どうやら寝てしまっていたらしい。

芝生の広場には寝る前と変わらず、私ただひとり。

晴はまだ土手の方から戻ってきていないようだ。
さっきまで読んでいた小説は、いつのまにか私の脇に置いてある。

よく見ると、本の間に緑色の葉っぱが挟んである。

「あれ……」

偶然に挟まったんだな、と本を開いてみると、そのページは、私が読んでいたページだった。

晴に違いない。
私が寝ているのを見て、しおりがわりに葉っぱを挟んでいったのだろう。

「桜子さーん」

顔をあげると、土手の方から晴が捕虫網を持った右手を大きく振りなから、こちらに向かって歩いてきていた。

左手には虫かごを持っている。

「おはようございます」

目の前に立った晴はいたずらっぽく言ったあと、「じゃじゃーん」と言いながら、私の目の前に虫かごを差し出す。

「ひぃっ」

思いきりのけぞった。

最近では、晴がいろいろと話してくるおかげでほんの少し慣れてきてはいたけれど、不意打ちの虫はやっぱりきつい。

じりじりとうしろにおしりで移動する。

「いっぱい、捕まえたんですよぉ」

晴は嬉しそうに虫かごの中を見つめていて、そんな私には全く気がついていないようだ。

虫かごの中には細い草がたくさん入れてあって、虫そのものの姿は見えなかったけど、草がかさかさと動いているところを見ると、相当な収穫があったに違いない。

「トノサマバッタ、たくさん捕まえたんです。今、開けますからね」

待って待って。
開けなくていいから。

晴は私の隣に座り込むと、ふたを開けようと虫かごに手をかける。

「あ、いい! いや、てか開けないで」

慌てて止めると、晴は不思議そうな顔を上げた。

「……逃げると、困るし」

いつからだろう。
はっきりと、拒絶できなくなった私がいる。

『私、虫なんて大嫌いだから』

一ヶ月前なら迷わずこういっていたはずなのに。

「あ、そっかそっか」

晴は納得したように笑うと、私の隣に体操座りをして、蓋を閉めたままの虫かごを目の高さに持ち上げた。

「この時期はやっぱりバッタが多いですよねぇ。ショウリョウバッタもオンブバッタもクルマバッタモドキもたくさんいました」

私にはまるで暗号のような虫の名前をすらすらとあげながら、晴はうっとりと虫かごを見つめている。

その姿についつられて虫かごをのぞきこんだ。

緑色の葉っぱの中に、緑色のバッタと茶色のバッタがいるのが見えて、一気に鳥肌が
立ってしまったけれど、それよりも気になることがあって。

「ねぇ、晴?」

「なんですか? 桜子さん」

「これさぁ、なんで緑と茶色のバッタがいるの? 違う種類?」

バッタから視線を外して、晴を見ると、晴はああ、これはですね、と説明を始めた。

「密度の関係です」

「密度?」

「密度が高い場所、つまりトノサマバッタがたくさんいるところの種は茶色になります。羽も長くて気性も荒いんです」

「へぇ……」

なんていうか。
素直に感心してしまった。
少し、面白いとさえ思ってしまったのは、たぶん気のせいだと思うのだけど。