そのあとのことはよく覚えていない。

悲鳴すら上げられず、私はその場から走って逃げた。
団子虫を持ったまま。

王子様はなにか言ったのだろうと思うけれど、当然覚えてなんかいない。

そのまま闇雲に走っている間に、無意識に手を振り回したのだろう。

自転車置き場に着いた頃には手の中から団子虫は一匹残らず消えていた。

彼らがどうなったのか知らない。
振り回されて落ちたのだろうから、王子様のいうように怪我をしたかもしれないし、それどころか天に召されたかもしれない。
甲羅が固そうだから、そもそも怪我なんてしないのかもしれない。

そんなことは私からすればどうでもいいことで、自分の手のひらに一瞬でも(一瞬ではないのかもしれないけれど、一瞬だと思い込まなければ気が狂ってしまう)載っていたのかと思うと、冗談でもなんでもなく寒気がした。

すぐにグラウンドの水道で、何度も何度も何十回も手を洗ったけれど、団子虫の足の裏の感触が手に残っているような気がして、まだ冷たい水に手を流しながら、私は泣いた。

思えば、こんなに泣いたのはいつぶりだろう。

実家からこっちに出てくるときにも泣かなかった。
一年間付き合っていたケイタと半年前に別れたときも、こんなに泣かなかったのに。

手も目も赤くなるまで洗ったけれど、団子虫の感触は消えなかった。
本当に一瞬の出来事だったのに。
ここまでくると、想像で補っている部分もあるのかもしれない。

頭の片隅で、黒い物体がもぞもぞとうごめく様子が浮かんで、思わずえずいた。

「あいつ……絶対に許さない」

私はあの『見た目だけ王子』に復讐を誓った。
あんな目に合わせて、ただじゃおかないんだから。
みんなにいいふらしてやる。
あいつは変人だって。
危険人物だって。

王子様だかなんだかしらないけれど。
私は絶対に許さないんだから。