……もう。なんでハチは恥ずかしげもなくそんなことをさらりと言うのかな。
例え私がいなくなったとしても、ハチなら地球の裏側だって探しにくるでしょ?なんて自惚れるみたいで本人には言えないけど。
「ハチは私がいなくなったら泣くでしょ」
「泣くっていうか……なんにもできなくなる気がする」
「なにそれ。やっぱり私のこと召し使いだと思ってるんじゃないの?」
「はは。そういう意味じゃないよ」
じゃ、どういう意味なんだろうとはあえて聞かないけど。
いつの間にかハチはいつものハチに戻ってるし、キレスイッチが発動しなくてよかった。
もしハチがあのことを知ったら、どんな顔をするだろう。
裕子が言うように犯人をなにがなんでも突き止める?
きっと知られるのは時間の問題かもしれない。あんなに広まっちゃってるし、田村くんの力だけではムリだよね。
そもそも栗原先輩に知られてるから、先輩がハチに言う可能性もあるし、悪意じゃなくて「七海ちゃん大丈夫?」なんてハチに尋ねたらすぐにバレる。
人づてに聞くぐらいなら、いっそのこと私の口から言ったほうがいいのかな……。
できれば隠していたいけど、ハチがそばにいれば私も安心できるし。
「ねぇ、ハチ」
「んー?」
ハチが私の言葉に足を止めた。
街灯に照らされたハチの顔。その光に群がって頭上ではバチバチと虫が音をたてていた。
「あのさ……」
意を決して顔を上げた。
その瞬間、私の唇は止まる。言葉の続きを言いたいのに〝ある場所゛から目を反らせない。
それはハチの首筋。
恋愛未経験の私でも知ってるもの。
絶対自分では届かない位置。目立つように赤くなっている〝それ゛を見つけてしまって、私は言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
「う、ううん。やっぱりなんでもない」
それは紛れもないキスマークだった。