それから暫く経って、音がなにもしなくなった。
おそるおそる目を開けると、男たちがよろめきながら逃げていくところだった。その中にはもちろん健二くんの姿もあった。
なにがあったのか分からないけど、ハチの顔を見ると傷だらけで口の中を切ってしまったのか、ポタポタと赤い血がコンクリートに落ちていた。
建物に残っているのはハチと私と栗原先輩だけ。
男たちは我先に逃げていったし、彼氏だと言ってた健二くんも先輩のことを置いていってしまった。
「へ、へぇ。瞬って見かけによらず喧嘩強かったんだ。意外」
先輩は平然を装っていたけど、その目は完全に泳いでいた。この状況でもまだ自分の悪知恵が通用すると思っているのか、必死でペラペラと喋っていた。
「こ、こんなのただふざけて遊んでただけだよ。ね?七海ちゃん」
なにを今さら。
私が強く睨むと今度はハチに甘い声色で近づいた。
「ねぇそんな怖い顔しないでよ。私は瞬の彼女……」
そう言ってハチに触れようとしたけど、ハチはパシッと払いのけた。そして責めるわけでもなく、謝罪を求めるわけでもなく、ただ冷静にひと言だけ言った。
「ごめん。先輩。消えて」
きっとどんな言葉よりも重くて、先輩にはグサリと刺さったと思う。
「こ、こっちだってやっとアンタと付き合わないで済んでせいせいする。幼馴染みとか本当に幼稚でバカらしい。ふたりで永遠にやってれば?」
栗原先輩はそれだけ言い残して、すぐに暗闇に消えた。