少し多めにパンを買った俺達は店を後にする。

 見た目によらず君はけっこう食べる方だったけど、でもちょっと買い過ぎなんじゃないのか? なんて思っていたら、君は少し渋い表情で俺に告げたんだ。

「これから一緒に倒れた彼女のお見舞いに行かない?」って。

 そう言う事か――。
 彼女は現在もまだ入院中だった。そしてその病院はここから比較的近い場所にあるのだという。
 どうやらパン屋に行くっていう理由は、彼女を見舞うための口実だったんだね。でも君は俺を気遣って、遠回しに誘ったんだ。

 相変わらず優しいよね、君は。でももうそんな心配はいらないよ。だって今の俺にはあの日の苦い記憶なんて、霞みきってしまってるんだからね。

 それでもいざ病室で彼女と向かい合うと、少し気持ちが萎縮してしまった。
 無理やり思い出そうとしても漠然とした記憶しか思い出せないあの日の出来事。しかし改めて彼女の痩せ細った姿を目の当たりにした俺は、あれが現実だったんだと思い知らされたんだ。

 そこにいる彼女にはもう、幅跳びに精を出していたあの元気な面影は見当たらない。
 そして彼女の方もゲッソリと頬が削げている自分の姿に恥ずかしさと戸惑いを覚えている様子だった。

 もともと陸上体型の彼女はかなり痩せた体つきをしていた。でも俺の知る彼女の体は、それでも筋肉の引き締まった躍動感溢れる力強さを感じさせたはずなんだ。
 けれど目の前にいる彼女の姿にその名残は感じられない。命には別状ないとはいえ、これほどまでに衰弱した姿になってしまうなんて、よほど病状が酷いのであろうか。

 ただそれでも彼女は気丈にも笑顔で俺達に話し掛けたんだ。
 入院してからは家族以外とはほとんど話す機会が無かったらしい。だから親友である君が久しぶりに顔を見せた事で嬉しくなったんだろう。それに時間が経つにつれ、俺に対する決まりの悪さも影を潜めたみたいだしね。

 彼女にしてみれば、俺は命の恩人と言える存在なんだ。
 俺自身はそんな事に気を留めやしてないし、恩を売るつもりなんてさらさらない。けど彼女はさすがに俺への対応に戸惑ったんだろう。ただ開口一番に彼女が俺に告げたのは、意外にも救命活動に対するお礼ではなくて、ファーストキスを奪われた事に対する憤りだったんだ。

 でもその時は救われたよ。彼女の衰弱した姿を目にした俺は、無意識のうちにすくみ上がっていたからね。弱気にも病室から逃げ出したい気持ちで一杯だったんだ。
 けれど彼女が自虐的に笑いながら話し掛けてくれたことで、俺は気持ちが落ち着いたんだよ。

 もちろん彼女と直接話しをするのは初めてだった。ただそれほど抵抗は感じなかったんだ。
 不思議だね。人見知りの俺が初対面とも言える相手と自然に話せるなんて、今まで経験し無かった事なんだからさ。
 まぁ予想外に炸裂した彼女のマシンガントークで、一方的に聞いている時間の方が長かったっていうのが本当の所なんだけどね。