どんよりと雲掛かった梅雨の時期。俺は君に誘われて新宿の副都心を訪れていた。

 なんでも前々から気になっていたパン屋があり、そこへ行きたいらしい。特に否定する理由もないことから、俺は君に従い電車に揺られた。

 時間帯が良かったのか、さほど電車内は混んではいない。ただそれでも俺達は立ったまま目的の駅まで移動したんだ。でも実のところ、これは完全に俺の自分よがりだったんだよね。
 身長差のある俺と話す為に、少し上目使いする君の表情が一番好きだったから、あえて俺は立ち話しする事を選んでいたんだ。

 すでに君と付き合い始めてから4ヶ月あまりが経とうとしている。この頃になると、だいぶ君の事が分かってきていた。

 基本的にはしっかり者の君。何をするにもテキパキとした行動から、育ちの良さが感じられる。まったく俺にはもったいなさ過ぎる恋人なんだよね、君はさ。
 ただ強いて欠点を上げるとすれば、料理の腕前はあまり上手とは言えなかった事かな。

 初めて俺の為に作ってくれたチャーハン。悪いけど、しょっぱ過ぎて食えたモンじゃなかったよ。勢い良く吐き出してしまったけど、まぁ君自身も料理のヘタさについては自覚してたみたいだから、苦笑いして誤魔化していたけどね。
 ただその後に俺が作り直したチャーハンを食べて、目を輝かせていた君の姿が面白かったよ。

 そして最近もう一つ気が付いた事があるんだ。君が意外と勘違い屋さんなんだっていう事にね。そしてその片鱗は今回訪れたパン屋でも発揮されたんだ。

 見るからに旨そうなパンが所狭しと陳列されている。焼き立ての甘い香りでヨダレがこぼれそうだ。
 その中で、どのパンを選ぼうか君は頭を悩ませていた。そこで俺は君に勧めたんだ。焼き立てホヤホヤで、まだ湯気の上がるクリーム色をした丸い蒸しパンをね。
 でもその時、君は蒸しパンに異常なまでの拒否反応を見せたんだ。

「え、もしかして蒸しパン嫌いなの?」

 俺は即座に聞き尋ねた。尋常でない君の態度に驚かされたからね。ただ君の答えを聞いて、俺はポカンと口を開くばかりだった。だって君は蒸しパンの事を【虫パン】だと勘違いしていたのだから。

 どうやら君がまだ幼い頃、表面にレーズンが散りばめられた蒸しパンを見て、本物の虫がついているものと思い込んだんだね。そして君は現在までトラウマの様に蒸しパンを避け続けていた。それを知った俺は、つい声を出して笑ってしまったんだ。

 君はそんな俺に向かい頬を膨らませて怒っていたね。
 ゴメンゴメン、まったく悪気は無かったんだ。ただ本気でそんな思い違いをしていた君の姿がすごく滑稽に思えて、それを愛おしく感じてしまっただけなんだよ。