わざわざ電話だなんて、仕事関係の緊急の要件とか?

そんな予想をしつつ、会話に耳を澄ませていると――。

「これから三人で? え? 鰻? 待って、聞いてみるから」

どうやら仕事の用事ではなかったらしい。

「レイちゃんがこれから一緒にご飯食べないかって。美味しい鰻ご馳走してくれるらしい。急だし、あまり気乗りしないならお断りしてもいいけど。でも、せっかくだし……どう?」

「でしたらお言葉に甘えて」

なんとなく、彼がいつになく乗り気に見えたのは私の気のせいかしら……???

麗華先生も今日は車とのとこ。

直接お店で落ち合うことにして、私たちも気持ち急いでそちらへ向かった。

そこはちょっと郊外にある割烹料理屋さんだった。

(あ、麗華先生だ)

お店に入るとすぐ、広々とした待合スペースで寛ぐ麗華先生を見つけた。

「レイちゃん」

「あ、お疲れー。ふたりとも急に誘っちゃってごめんなさいね」

そういえば、実際に幼馴染として接するふたりを見るのは初めてだ。

「なんかね、家から急に連絡あって何かと思えば、“今夜はじーじばーばの奢りで従妹連中も一緒に寿司行くから”だって。だから、これ幸いと私も美味しいもの食べてやれってね」

「なるほどね」

「アキはここ来たことあるわよね」

「ああ、医師会関係でわりと使わせてもらってるじゃない」

「そのつてで、今日はちょっとお店に無理聞いてもらちゃった」

「レイちゃん、そういうのうまいからなぁ」

(あー、本当に幼馴染なんだ)

職場での感じからはとても考えられないフランクさに“ほえー”となる。

「清水さんも来てくれてありがとうね。今さらだけど鰻で大丈夫だった? ここ、他のものも美味しいから、なんなら……」

「あ、ぜんぜん大丈夫です。大好きです」

(いけないいけない。麗華先生に、ちょっと気を遣わせてしまったかな……)

案内されたのはゆったりとした個室で、とっても落ち着いた雰囲気の素敵なお部屋だった。

ささっと注文を済ませて、とりあえず一息。

「ちょっと、こうやって三人でご飯とか初めてじゃない?」

麗華先生がおしぼりで手を拭きながら、私と彼を交互に見遣る。

「私は麗華先生にご飯連れていっていただいたりしてますけど……」

彼のほうを見ると、バツが悪そうに視線をそらされた。

「そう!アキが悪いのよ。あなた、みんなで飲みに行くときも、ずぇんぜん来ないし」

「僕は車なので」

「感じ悪ぅ。あなたねぇ、女性陣から評判よくないわよー」

(麗華先生なにもそんなっ……)

私はよせばいいのに彼女ぶって擁護しようとした、のだけど――。

「あのっ、評判がいいかはあれですけど、よくないということもないかと。ぶっちゃけ、あまり関心をもたれていないというだけで」

「僕っていったい……」

(あ、なんか傷口に塩塗った的な……)

まったく、慣れないこととかするからもう!

「あっ、でもですね」

それでも、今度は同僚として主張した。

「秋……保坂先生は患者さんから慕われていらっしゃるじゃないですか。先生は処置が早くて丁寧ですし。カルテも詳しく整理してくださるし。気分や機嫌に左右されることがないし。あと、どの患者さんにも公平だし、横柄なところがないし。そりゃあ、貴志先生みたいにキラキラ笑顔を振りまいたりしないから、ちょっと不愛想に見えるかもしれないけど……。それでも、先生の態度のほうが絶対に誠実だと思うし。それに、それから――」

「あの、千佳さん……」

「へ?」

「ごちそうさまですぅ。お料理まだ何も来てないけどねー」

麗華先生がニヤニヤと愉快そうに笑っている。

(私ってば、恥ずかしすぎる……)

脳内からダダもれならぬ、脳内から大放出、みたいな。

でも、そんな私をみて困ったように微笑む彼の瞳は、とてもとても優しかった。