先生の飾らない感じを、とても好きだと思う。

潔いその感じは、俺様の気障な台詞よりずっと、私にとって、男らしくて頼もしくて。

先生の心の広さは、私を自由で気楽にした。


「興覚めなことを言うようだが」

「なんでしょう?」

「商売柄、僕は痛くしないよう細心の注意を払う技術を持っている」


(この人はまた、こんなときにそんなことを)


まったく、冗談が下手にもほどがある。

その下手さ加減が絶妙すぎて、悶絶しちゃうじゃないですか。


「先生、おもしろすぎです……」

「君は本当に優しいな」

「もう、私は先生のそういうところが大好きで、大好物なんですから」

「千佳さんは無理をしない」

「え?」


先生の声は穏やかで、とてもとても真っすぐだった。


「僕も無理をしない」

(先生…………)


それは、夢のように甘く、何もかも溶かしてしまうほど、深くて熱いキスだった。

とろけるように心がゆるんで、体がひらいていくような、しっとりゆるやかな不思議な感覚が全身を包む。


「絶対に無理はさせないから」

(大丈夫。よく、わかってますから)


それでも、やっぱり嬉しかった。

ちゃんと言葉で伝えてくれる、先生のその気持ちが――。

先生が言うとおり、人間の体はとっても繊細。

それはそうなのだけど、だけど、ちょっと……現金といえば現金な気もした。

本当、些細な不安はまったくの杞憂でしかなくて――。

先生は驚くほどあっさり私に馴染んだ。


「大丈夫?」

「なんか、あの……」

「なんだろう?」

「……しっくり、きます」


(そうか、私は先生がよかったんだ。保坂先生じゃなきゃ……ダメだったんだ)


「ところで、千佳さんは」

「え?」

「まさかと思うが、僕の名前を知らないのだろうか……」


うわわわわっ、どうしようっ。

いつかは乗り越えなければとわかっていたけど、まさかこの瞬間にイベント発生だなんて。


「し、知らないわけないじゃないですか。ちゃんと漢字でだって書けますし。大丈夫です。問題、ないです……」


(なんつう答え方をしているんだろ、私は)


「それなら」

「はい……」

「僕のことも、名前で呼んでもらっても?」


(そう、きますよね……)


今さらといえば今さら。

だってもう、先生と私ってば、めでたくこんなことになっちゃってるのに。

なのに、こんなにも……勇気が要る。


「千佳さん?」


ああもう、逃れられるわけないんだから。

いろんな意味で、抜き差しならぬ状況だし?(言い方!)


「…………秋彦さん」


たぶん、今日イチ必死で頑張ったと思う。

そうしたら――。


「まいったな」

「へ?」

「すごい嬉しい、想像以上に」


先生はちょっぴり困ったように、決まり悪そうに微笑んだ。

その笑顔はそれこそ“今日イチ”嬉しそうで、とびきり優しくて、私を思い切り幸福にしたのだった――。