「で、カリカリ梅のおにぎりを奪われてしまったわけだ」
「そうなのです。トホホですよ、もう」
疲れて帰宅すると、エプロン姿の保坂先生が美味しいご飯を作って待っていてくれた。エプロンというのは、もちろんあのエプロンだ。
(先生、あのエプロン、実はけっこう気に入っているのかな?)
エプロンのことが気になるくせに、どういうわけか今だに何も聞けずじまいでいる……。普通にさらっと聞いてみればいいのに。
或いは「それって女ものですよね?」と、さくっと突っ込みを入れるとか? まさか!ひょっとして、先生はそれを待っている??? だとしたら、なんという忍耐強いボケなのだろう……。
「カリカリ梅のおにぎりならまた作ってあげるから。とりあずほら、肉じゃがでも食べて元気出して。あと、サラダでしっかり野菜もとらないと」
「先生、お母さんみたいです」
(素敵なエプロン姿ですしね……)
「君が自分のことに無頓着すぎるから」
(うぅ……)
正直、かなりグサッときた。でも、返す言葉がない。だって、美容のこととか本当最低限のことしかやれてないし。
「女子力低くてすみません……」
「女子力?」
「だって……」
「ああ、君は誤解しているよ」
「誤解、ですか?」
「そう。僕が言いたいのは、君にはもっと自分を大事にして欲しいということ」
「自分を大事に???」
「君はよく“私なんて”みたいな言い方をする」
「それはっ……」
「もっと自分のことを認めてあげたらいいのに。周りを思いやれるのは君の素晴らしいところだけれど。そういう自分自身のことも、思いやって欲しいんだ」
(私、褒められてる? 心配、されてる……?)
「君には自分を卑下しすぎる傾向がある」
「麗華先生にも同じようなこと言われました。自分に自信なさすぎ、みたいな……」
「さすがレイちゃん」
先生は感心したように笑顔で頷くと、温かいお茶を淹れてくれた。
「千佳さんは本当に素敵なひとだよ。本人がまったくわかっていないのが残念だけど」
「そんなことっ……」
どんな顔したらいいのかわからなくて、私は目を伏せて、湯飲みの中のお茶を見つめた。
「僕の言うことが信じられない?」
「えっ」
はっとして顔をあげると、先生の眼鏡の奥の静かな瞳が私をまっすぐに見つめていた。
「君が僕を信頼して想ってくれるのなら、君自身のことをもっと大事にしてくれないか」
こんなこと、誰にも言われたことない。こんなお願い、されたことないもの。
「先生」
「わかってくれた?」
その優しさは心にみるみるしみわたり、涙になってぽろぽろこぼれた。
「僕の、大切なひと」
(なんだか、涙まであったかい……)
どんどん涙は溢れてくるし、胸がいっぱいで声は出ないし。
(先生のこと、誰よりも信じてる)
私は泣きながら何度も懸命に頷いた。
「君はもうこのうちになくてはならない人なんだ。僕もグレも、君なしではいられない」
先生は私の頭のてっぺんに、ぽんと手を置いた。
「だから、ここにいて。ありのままで。君のことが大切なんだ」
(ありのままで……)
優しく頭を撫でてもらったら、心が滑らかになっていくような、そんな気がした。
「私、先生とグレちゃんと一緒にいたいです……」
「うん。一緒にいよう」
たくさん泣いちゃった。でも、泣き疲れるどころか、なんだか元気になったみたい。
「ご飯食べて落ち着いたら、お風呂に入ってきたらいい。好きな入浴剤入れていいから」
「はい」