ちょっとだけ、ずるいと思った。なんていうか――うまく言えないけど、外堀から固められたというか。ちょっと見当はずれな言い方だけど、言質を取られた感じというか。誘導されちゃってる、みたいな?

(そんなことしなくても、答えは決まっているのに)

きっと、先生だってわかってる。わかってくれている。なのに、強引になれないところがまた保坂先生らしくて。

そういうちょっとした臆病ささえ愛しいのだから……恋ってすごい。

「このまま、先生とグレちゃんと一緒にいたいです」

私は自分の気持ちを素直に伝えるとすぐ、照れくさくて目を伏せた。手に持ったままのグラスの中では、グレープフルーツサワーの泡が元気にシュワシュワ弾けている。その爽やかに弾ける泡と香りが、なぜだか私をいっそう甘酸っぱい気持ちにさせた。

「では、たった今から我が家のネコということで」

「はいっ、あの……よろしく、お願いします」

「こちらこそ。グレともども、よろしくお願いします」

(保坂先生って――ううん、“私たち”って変わり者なんだ)

これから彼氏彼女としてやっていきましょう、って。そういう話をしているはずなのに。それなのに、こんな調子なのだから。

そんなところへ、この状況をわかってかどうかは知らないけれど、グレちゃんがソファーにひょいと飛び乗って先生と私の間に落ち着いた。

「グレのやつ、焼きもちを妬いているのかもしれないな」

「えっ。あ、そうですね、先生のことを取られちゃうと思って……」

「いや、そうではなくて」

「へ?」

「君のことが大好きから」

「そ、そんなことは……」

文脈は十分に理解しているけど。それでも、ドキドキしてしまう。私、本当にどうかしている。恋に完全にやられている。

「あ、グレちゃん」

グレちゃんは居心地が悪くなったのか、ソファーからぴょんと降りると、傍らで大きな欠伸をしてみせた。

「グレにはちゃんとわからせておかないと」

(先生……?)

保坂先生は私の手からグラスを取ってテーブルの上にことりと置いた。そうしてから、あらためて私の顔をまっすぐに見つめた。

「君は僕の特別なんだってことを」

先生の右手が私の髪を滑らかに撫でる。きれいな長い指をした、大きくて華奢な先生の手。その手で触れられていると思うだけで、甘い痺れで身じろぎができない。そして、うっとりするほど――気持ちがいい。

(なんか、すごく幸せかも)

照れくさくて伏し目がちになる私の手を、先生の左手が柔らかに包む。重なる手と手、頭を撫でる温かい手のひら。鼓動はいっそう早くなり、私を切なく困らせる。

「千佳さん」

おずおずと顔を上げると、先生が愛おしそうに私を見ていた。先生の眼差しは穏やかなようで熱っぽくて。その微熱に、胸が甘くきゅんとする。いきなり呼び捨てにしないあたりが、保坂先生らしいと思う。それが嬉しくもあり、歯がゆくもあり。歯がゆささえも、抱きしめたいほど愛おしい。だからこそ、私もちゃんと言葉にして伝えなきゃ。

「好きです、私も」

(大好きです、先生のことが)

そうして私たちは――グレちゃんの視線もはばからずにキスをした。