先生がお風呂に入っている間、私はいっそうそわそわしていた。

(私、先生のウチのネコになっちゃうのかな……)

自分のことなのに、どこか他人事みたいになってしまうのはなぜだろう?

たぶん、急な展開に正直ついていけていないのだ。

保坂先生のことが好き。それは本当。

同僚として信頼もしているし、医師として尊敬もしているけれど、それだけじゃなくて。一人の男の人として、先生のことが好き。

先生が私のことを想ってくださるのを嬉しく思うし。これからもっともっと、先生のことを知っていきたい。お互いのことを知り合って、寄り添うことができたらと。心からそう思う。

(でも、いきなり同棲……だもんね)

決して嫌なわけじゃない。保坂先生とグレちゃんとの生活は、とても安らいで心地いい。まだわずかの間だけれど、まるでここが私の安住の地であるような気さえする。でも、やっぱりちょっとなし崩し的な気もして……。

「どうかした?」

「えっ」

はっとして声のするほうへ振り返ると、パジャマ姿の先生が心配そうにこちらを見ていた。

「ずいぶん深刻そうな顔をしている」

「そんなこと……」

(あります。深刻ですとも。だって、そりゃあそうでしょうとも。先生のことが――真剣に好きなんだもの……)

色違いでお揃いのパジャマが嬉しくて、気恥ずかしくて。余計にドキドキしてしまう。

「少し飲みませんか? つまみは笹かまですが……付き合ってもらえるだろうか?」

「あっ、はい。ぜひ」

私が快諾すると、先生はひどく嬉しそうな、ほっとしたような顔をした。

(こんな表情、職場では絶対に見られないよね)

私だけが知ってる保坂先生の顔。私だけの――特別な、保坂先生。

想うほど、なんともいえない甘酸っぱい感情が胸いっぱいに広がって、私の鼓動は飲む前からもう速くなり、みるみるうちに頬が赤く染まっていくのがわかった。

「乾杯、かな?」

「はい。えーと……おかえりなさいませ、です。乾杯」

ソファーに並んで掛けて、グラスを気持ちカチンとする。

(ぎ、ぎこちない。私、なんというぎこちなさなんだろう……)

でも、仕方がない。だって、保坂先生の家でパジャマ姿で家飲みしているのだから。この状況って、やっぱり不思議ですごすぎなんだもの。

「笹かまぼこ、君が好きでよかった」

「えっ。あ、はい。大好きなんです。一枚でご飯三杯くらいいけますよ、きっと。あはは……」

(いや、三杯は無理でしょうよ)

心の中でつっこみを入れつつ肩を落とす。まったく、自意識過剰というのは、こういうことを言うに違いない。私は何をそんなに、そわそわびくびくしているのか。

「清水さんは――」

「は、はいっ」

グラスを置いて、私をまっすぐに見つめる先生の瞳はどこかちょっと熱っぽくて、切なげで。私の胸はいっそう熱く高鳴った。

「僕のことが嫌いですか?」

「ええっ」

こんな聞き方あるだろうか。嫌いなわけがない。そんなこと、あるはずないのに。私はちょっとやきもきしながら、そのモヤッと感をぶつけるような口調で言った。

「嫌いだなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。いくら困っているからって、嫌いな人の家に泊めてもらったりなんかしませんから」

「では?」

「えっ」

「返事を、聞かせてもらえるだろうか?」