保坂先生がいない保坂先生の家で、一人と一匹の夜。

昨夜からグレちゃんと一緒にいて、ちょっと気がついたことがある。それは、彼女がしきりに鍵のかかったあの部屋に入りたがるということだ。

私が来るまでは、あの部屋もまた彼女の遊び場だったのかもしれない。そう思うとなんだか申し訳なくて――。

「グレちゃん、そのお部屋は今は立ち入り禁止なのです。ごめんなさい。代わりと言ってはなんですが、猫じゃらしで一緒に遊びますか?」

私はいっそう夢中になって彼女の遊び相手の猫に徹した。

そういえば、この部屋の住人だったという下のお兄さん――夏生さんとは、どんな人なのだろう? 麗華先生も春臣さんや冬衛さんの話はしても、夏生さんの話題にはどういうわけか触れなかった。

(夏生さんだけ仲が悪いとか?)

いや、でも……兄嫁の優美さんは弟たち全員と仲がいいそうだし。だったら、なぜ? この部屋の扱いといい、麗華先生の態度といい、何か事情がある気がしてならない。でも――。

(気にしない、気にしない……うん)

人様のおうちのことに首をつっこんではいけない。何より、保坂先生はそういうことを嫌う人だと思う。それに――必要があればきっと私にも話してくれると、今は信じていたかった。



三連休の最終日の夜、保坂先生は予定通り帰宅した。

「清水さんがいてくれて助かりました。留守の間、特にかわったことや不自由なことは――」

「何も。グレちゃんはとってもいい子でしたし。私もゆっくりすごさせてもらいました」

「何よりです」

「あ、お土産ありがとうございます。笹かまぼこ、大好きなんです」

「それはよかった」

リビングのソファーに掛けながら、先生は安堵したような笑みを見せた。でも、私のほうは落ち着かない……。

帰省するまえに先生が言ったあの話の続きを、いつ切り出されるのかと思うともう……。何食わぬ顔で当たり障りのない会話をしながらも、ドキドキそわそわだった。

ちょっとだけ久しぶりの保坂先生は、長い移動のせいもあるのだろうけど、ずいぶん疲れているように見えた。

「お風呂でゆっくりしてきたらどうでしょう? 準備できてますから」

先にシャワーで入浴を済ませていた私は、少し気を遣ってすすめてみた。

「すまない。お留守番ネコはもう終りなのに、これではお手伝いネコだ」

「気にしないでください」

「僕が留守の間にグレの世話だけでなく家の中のことをいろいろやってくれたみたいで……」

先生からは自由にしていいと言われていたので、出来る限りだけど感謝のつもりで家事をさせてもらったのだ。

「ほんのお礼ですから」

「あのことは?」

「え?」

「ウチのネコになる件です」

途端に心拍数が一気に上がった。

(わわわわっ、いきなりきちゃった!?)

「考えてくれましたか?」

「あの、その件はですねっ……」

「いや、やっぱり後で話しましょう」

「へ?」

「とりあえず、風呂にいってきます」

「は、はいっ」