先に食事を終えたグレちゃんが、私の足元にすりすりと寄ってくる。
遊んであげたいのはやまやまだけど、さすがに食事の最中はかまうことができないのでそのままにしておいた。
すると――。
「痛っ……!」
グレちゃんの爪がパジャマのズボンに引っかかって取れなくなってしまったらしい。
まさに“カーテンにじゃれている内に張り付いちゃう猫”と同じパターン、みたいな。
躍起になって取ろうとすればするほどにドツボにはまっていくグレちゃんが、可愛くっておもしろい。
ただ、暴れた拍子にちょっと脚を引っ掻かれてしまった。
「どうしました?」
「あ、何でもないです。グレちゃん、大丈夫ですよ。今とってあげますから」
箸を置いて興奮するグレちゃんをそっと抱き上げると、引っかかっていた爪はすんなりズボンからはずれてくれた。
「大丈夫ですか? すみません、グレのいたずらのせいで……」
「いえいえ。わざとじゃないですし」
「傷、見せてください」
「えっ」
先生は言うやいなや立ち上がると、私のそばへ来て跪(ひざまず)いた。
「あのっ、ぜんぜん大したことは――」
「そのままで」
あっ……。
先生の手がそっと私の脚に触れ、パジャマの裾を捲り上げる。
「少し見せてもらいますね」
どうしよう、ドキドキしすぎて息がとまってしまいそう。
先生は傷の具合を心配してくださっているだけなのに。
ドクターだし? 本業(専門は耳鼻科だけど)だし?
なのに、私は何を恥ずかしがっているんだろう。
それこそ、恥ずかしがってる自分が恥ずかしいよ……。
「グレのやつ、けっこうガリッといきましたね」
「そ、そんなことないですよ?」
確かに一瞬痛かったけど。
「とりあえず消毒させてください」
「あ、はいっ」
先生が救急箱を取りに立ったので、ようやく「ふぅ」と息をつく。
リビングの吊戸棚から救急箱を取ろうとする先生の足元を、グレちゃんがちょろちょろ歩き回る。
先生の純白フリルのエプロン、やっぱり気になる……。
でも、聞いてみたくても聞けないな。
「少ししみるかもしれませんが我慢してください」
「はい」
先生は救急箱から消毒液を取り出すと、さっきと同じように私のまえに跪いた。
こんなふうに誰かに傷の手当てをしてもらうなんて、子どものとき以来かもしれない。
「……つっ!」
「すみませんっ、そんなにしみましたか?」
じわりとした痛みに思わず顔をしかめると、先生は困ったような不安なような表情でこちらを見上げた。
「いえ、大丈夫ですっ」
「大丈夫じゃないときは、大丈夫じゃないと言っていいのですよ?」
「それ、患者さんにいつも言ってる台詞ですね」
私がふふふと笑うと、先生はしれっと言った。
「今は患者さんですよ、清水さんも」
そうかと思うと――。
「(ええっ……!?)」
先生は消毒液を塗り終えた傷口に、まるでおまじないでもするように、優しく「ふぅーっ」と息を吹きかけた。
ど、どうしようっっ(て、どうしようもないのだけど)。
私ってば、何してもらっちゃってるの???
なんだか先生らしくない感じがして、ちょっと……ううん、すごく意外だった。
とにかくびっくりして、ドキドキして……。
私はただもうアホみたいに、口をパクパクさせてしまった。
「あのっ……」
「プロっぽくないな、僕」
さらに、こんなふうに困ったように笑う先生はもっと意外で愛らしくて――私をきゅんとときめかせた。