アパートの前までくると、私がお礼を言うより先に先生は神妙な面持ちで言った。


「今夜は誰か友達の家に泊めてもらうとかできませんか?」

「え?」

「ご実家ならともかく、独り暮らしとなるとやはり心配です」



そんなこと言われても……。

先生が心配してくださる気持ちはありがたいけど、どうしようもない。

就職と同時にこちらへ来たので学生時代の友達はいないし。

前の職場は男性ばかりで、気の合う同僚はいても頼れる同性の友達はできなかった。

悲しいことに、こんなときに頼れる友達がいないのだから。

私って、なんて孤独なのだろう……。

そんなみじめな気持ちを隠すように、私は「心配しすぎですよ~」という調子でわざと明るく言った。



「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

「大丈夫じゃありません!」

「えっ……」


先生らしくない語気の強さに思わずびくりとしてしまう。


「あの男――元カレですか、目が少しおかしかったでしょ?」

「それは……」

「僕には何をしでかすかわからないように見えました」


まったく否定できかなった。

裕也が自暴自棄になっているのは間違いないもの。


「脅かすわけじゃないが、夜中に押しかけてきても何ら不思議はないじゃないですか」

「ええっ……」


確かに想像に難くない。

合鍵は一応返してもらっているにしても、部屋は知られているわけで。

今の裕也なら夜中にドアをドンドン叩き続けるなんてことも平気でやりそうな気がした。


「無防備すぎます。清水さんは」

「すみません……」


私はまるで叱られた子どものようにうなだれた。

実際、先生は私のことを本気で心配して叱ってくれたのだと思う。

いつになく感情的になり困惑する保坂先生の表情は、私をひどく恐縮させた。

けれども同時に、真剣に私のことを案じてくださるその気持ちは、とてもとても嬉しくて。

叱られながらも――胸がきゅんとときめいた。

ここは自分の安全のためにも、保坂先生を安心させるためにも、ひとりでいないほうがいい。

そうに決まってるし、そんなことはわかってる。

でも、私が頼れるとしたらもう――。


「麗華先生に相談してみます」


どう考えても、手立てはこれしかないかと……。