うぅ、またやってしまった……頭の中の台詞タダ漏れ現象。

私、職場の人の中では極力ムダなことは言わない「あまりしゃべらない人」で通っているはずなのに。

この間のときといい、保坂先生とふたりきりだと調子が狂ってしまうみたい。


「えーと、その……いつもと雰囲気が違うなぁって。ちょっと、そう思っただけです」


本当は、ちょっとなんかじゃない。

いつも職場で見ているさっぱりしたカジュアルな感じもいいけれど、今日の保坂先生は思わず見惚れてしまう素敵さだった。

高そうなスーツをきれいに着こなしていて、頭も育ちもよさそうで。 

いかにも世の女性たちが憧れるカッコいいドクターに見えた。

実際、先生は医師として優秀なのでなおのこと。

この姿を福山さんが見たら、貴志先生から鞍替えしちゃうかも?

そう思うほどのイイ男ぶりだった。


「その眼鏡、お似合いですね」

「そうですか? フィット感が素晴らしくてとても気に入っているんです」

「じゃあ、職場ではどうして違う眼鏡を?」

「ああ、それは安全のためです」

「安全、ですか?」


その意味にちょっと見当がつかなかった。 

スポーツをやるわけでなし、何の安全なのだろう?


「以前に子どもの患者さんに眼鏡をむしり取られたことがあって」

「ええっ」


クリニックに勤めて半年、駄々をこねたり愚図ったりする子どもの患者さんをたくさん見てきた。

でも、そこまでの状況は見たことがない。


「それ以来、クリニックでは頑丈な眼鏡をすることにしたんです」

「そんなことが……」

「本当はこちらの眼鏡のほうが楽なんですが」

「お気に入りを壊されたら悲しいですもんね」

「それもそうですが、眼鏡が壊れた拍子に子どもが手に怪我をしたら大変ですから」


先生……。

にこりともせず淡々とした調子の保坂先生。

その飄々とした横顔はやっぱりいつもの無愛想だった。

でも、ほんの少しかもしれないけど私はわかった気がした。

「損をしているという感覚はあまりない」という台詞も今は納得できる。

先生のその無垢な優しさはいったいどこからきているのだろう。

生来のもの? それとも、医師としての使命感?

どちらにせよ、その優しさは私に揺るぎない強さを感じさせた。