昼時の襲撃が恒例になり、毎日場所を変えて予め身を潜める美琴。
イタチごっこってまさにこれ。


「みーこーとちゃーん!一緒にランチに……」

オフィスに顔を出した佐川専務のペカペカした笑顔に、俺は顔を引きつらせた。

「……いませんよ。っていうか行くわけないじゃないですか」
「あれー?残念だなぁ、なんだか宮内に邪魔されてる気がするよ」
「それはこっちのセリフ……。諦めて仕事したらどうですか?」

俺の女だなんて知ったらもっと危険な気がする前科犯を前に、そろそろキレそうな堪忍袋を持て余した。

「ハハッ、これだから宮内は。毎日ランチタイムにオフィスでひとりぼっちは感心しないね。仕事と結婚するつもり?」
「……は?」
「君みたいな仕事人間、僕が彼女だったら浮気するよ。ねぇ?」
「……気持ち悪いんですけど」
「現実を見てごらん。仕事と女性、どっちが大事だと思う!?」
「じゃなぜ専務は結婚されないんですか?」
「はぁっ、君の図面が会社を支えてるなんて皮肉だね。売り上げがトップでなければクビにしてるところだよ」

……逃げたな。
ドアが閉まると、印刷室から恐る恐る顔を出す美琴。
あの孫が社長でこの先大丈夫なのかよ。

第一、わりと仕事中心なだけで。

「俺は仕事人間じゃねーっつの」

オフィスにひとりぼっちでもない。

「……司さん凄いですね」
「なに?」
「佐川専務が言ってたことってつまり、司さんはこの会社になくてはならない人ってことですよね。尊敬です!」
「……凄く前向きだな」

美琴に尊敬の眼差しを向けられると、イライラしてたのにこそばゆくなってくる不思議。
よく下を向いていた彼女と目を合わせるようになって大分経つが、いまだにこの眼差しには弱い。
恥ずかしいから、顔を反らして照れ隠し。

「専務の執着心もある意味尊敬だわ」
「ふふ。でもすぐ飽きるって、理子先輩が言ってました」
「まぁな」
「うーん。次期社長の重圧って、やっぱりあるんでしょうか」
「はぁ?」
「あ、いやぁ、えっと……」

笑顔を作ったつもりだったのだが、美琴にはここ数日敏感に察知されている。
ビクッと肩に力が入り、優しい色合いの唇を結んで目線を下げた。
大介が天敵だなんて教えたせいか、申し訳ないくらい気を使われまくっていて。
過去の色々を話すべきか悩んだ。

「……ごめん、なんか話したの?」
「追いかけてくる理由を聞いたら、ストレス発散に癒されたいとかなんとか……」
「ストレス?」
「社長のプレッシャーに押し潰されそうになるんだって言ってて、大変なんだなぁって」
「あいつにそんなのねーよ」
「え、でも凄く辛そうでしたよ……?」
「はぁ?」

そういうのでは流されちゃうのか。
嘘でも例え本当でも、気は抜かないでほしいのですが。
同情して油断する美琴に、ついキツイ口調になってしまった。

「お前ねぇ、いちいち騙されんなよ」
「……えっ」

…………やべ。

俯いた美琴が面白くなさそうにしている。
つま先で床をチョンと蹴り唇を尖らせるので、ふてくされた子供のようで可愛いかった。
こんな彼女もあるのか、なんて新しい一面を見て呑気に感動。
素直なのは美琴の良いところだけど、男には警戒心を持ってほしい。
いつもの俺なら心配だって、言えるはずなのに。

嫉妬なんて情けねーな。



気まずい空気のまま終わった昼休み。
仕事が終わったら謝ろうかと考えていると、一本の電話が鳴り非常事態発生。

「ミスった……」

電話を切ってそのまま頭を抱え、溜め息を吐く。
隣から大介が顔を出してきた。

「どうした?」
「月曜に製造に回した図面……」
「一台だけ組み立てて先に送ったんじゃなかった?」
「ん。物がズレるらしい」
「……受注の残りって今頃完成してね?」
「……なんとかする」

やっちまった。
取引先が商品を量産するための精密機器の依頼。
クレームはその商品となる物がズレてしまい製造できないということだった。

急いで図面を引っ張り出し、まずは不具合の原因を追及。
すると一ヶ所、物を固定する穴のサイズがおかしいことになっていた。
0,03㎜を0,3㎜と指定した月曜日の俺、マジカルだ。
それからズレをどう抑えるかを思案。
幸い、このくらいなら後付けで修正できるはず。

「はぁ」
「司がミスるなんて珍しい」
「……ホント。どうした、俺」
「お疲れっす」

なぜか敬礼する大介に答礼を返し、後付け部品をどうするか考える。
美琴と同じ時間で上がれると思ったのに、残業かぁと溜め息を吐いた。


……あぁ、月曜日って。
悪魔が降臨した日じゃねーか。
社内恋愛ってマジで危険だな。
注意散漫、ずっと美琴を見てたよチクショー。