転じて今日から出勤された佐川専務は、勤務時間であろうと休憩時間であろうと構わず追いかけてくる。
専務って暇なのかな?

「やぁ美琴ちゃん、一緒にランチでもどう?」
「け、けっこうです!」
「恥ずかしがらなくていいんだよ?」

お昼休憩になり食堂へ向かう途中、廊下ですれ違ったが災難。
理子先輩には御愁傷様って手を合わせられたし、これは危機的状況。

「私なんかにどうして!?」

つい声を張り上げた口に両手で蓋をしてオフィスへ逃げ込んだのだが、陽気に私を呼ぶ声が近づく。
都合の良いあしらい方がよくわからず朝から逃げ回っていた。

「美琴」
「えっ」

お昼で誰もいないと思っていたら。
司さんはまだ仕事をしているらしく、ニコニコと手招きする。
私が側に寄ると静かに体を引いて、デスクの下を指差した。



「美琴ちゃーん!…………あれ?」

「なに騒いでるんですか?」
「宮内、君に用はないんだけどな。美琴ちゃんを見なかったかい?」
「田代も佐川専務には用がないんじゃないですか?」
「心外なことを言うね。どちらにせよ逃げられると追いたくなるんだよ」
「随分勝手ですね?訴えられたらどうするんです?」
「僕の地位で訴えるわけがないだろ?」
「さすがセクハラ専務。でも田代は彼氏いますんで、時間の無駄ですよ」
「ハハハ。男の一人や二人いたってかまわないさ!」

パタンとドアが閉まる音がする。
溜め息が聞こえて、眉間に怒りを寄せた不機嫌さながらの彼が顔を出した。

「迷惑なヤロウだ、な……」
「ふふっ」
「……なんでお前は笑顔なんだ?」
「えへへ」

司さんのデスクの下に潜り息を潜めて。
初めはバレないかドキドキしていたのだけれど。

「司さんが、その。か、か、彼氏……って、嬉しくて」

きゃ~っ、ずっとここに潜っていたい。
膝を抱えてニマニマしていると、腕を引かれて仕方なく立ち上がる。

「ホントその顔、俺以外に見せないで……」

困った顔で、右手を私の左頬にそっと添えた。

そんなに残念な顔なのかな。
悲しくなっていつも彼がするように、自分で両頬をぎゅっと摘まむ。

「……なにしてんの?」

司さんはボールペンを手に頬杖をついて、ククッと笑った。


「あ、今日は定時で帰れるから」
「じゃあ、ご飯食べにきてください!」
「うん」

朗らかに微笑み合えば、二人だけの世界。