食べ終わっても特段することはなく、ポツリポツリと話をしたりテレビの画面に夢中になったり。
会社で毎日顔を合わせていても、場所も違うしいつまでも二人きりだし。
私は時々深呼吸をして、不自然な緊張をまとわないように必死だった。
一方司さんはブラックのコーヒーを片手に時々あくびをする。
大人の人は余裕があります。
それか、早起きして片付けてくれていたのかな。
申し訳ないような、でも嬉しいような。
「仕事、まだしばらく忙しいんですか?」
「今描いてる図面を明日には製造に回すから、そのあとは落ち着く予定」
「そっか。良かったです」
「なんかあった?」
「いえ、あんまり寝不足だと心配だなって思っただけで……」
「……そう」
なぜか、よしよしと撫でられる。
揺れる髪がくすぐったい。
「ふふっ。あ、佐川専務って明日から……」
「あ?」
……そしていきなり怖い。
「いえ、あの……。なんでもないデス」
司さん、あ?って言った。
睨みながら、あ?って言った。
肩を竦めた私に気まずそうな咳払いをする。
彼が髪を掻き上げると少し色っぽくて、心臓がドキッと跳ね上がった。
「あー、昔いたんだよ。社長の孫で、営業部の元部長」
「……どうして今までいなかったんですか?」
「社長の息子、つまりあいつの父親が別工場やってて。応援に行ってたみたいだな」
そういえば、私達の勤める本社の他に製造のみの別工場も一ヵ所あるんだっけ。
「もともと本社は孫が継ぐってことだったらしい。だから戻ってきたんだろ」
「社長、ご高齢ですもんね……」
「あれこそ筋金入りの女好きだから近寄らないほうがいいぞ」
「……天敵なんですか?」
「まぁ色々とな」
「色々……、ですか」
「てか、あんなのといつ会ったんだ?」
「身に覚えがないです。人違いだと……」
「あいつが女の顔を見間違うなんて絶対ないから、会ってるはずだよ?」
「……え?」
佐川専務、一体どんな人なんだろう。
司さんがここまで言うなんて、よほどの人。
うーんと首を捻って視線を泳がすと、ベランダで優しくはためく司さんのティーシャツが目に入る。
すぐ顔に出ちゃうから意識しないように頑張っていたけれど、彼の匂いがするこの部屋はドキドキするのになぜかまったりした。
一度気が緩むと頬も脳内もポカポカとした陽気に包まれてくる。
「すれ違ったとか、なんかしてやったとか、声かけられたとか……」
「さぁ……」
そんなことより黒が基調の家具もお洒落で素敵。
はぁ、背が高くて優しくて少し意地悪でカッコイイ司さん……。
こんな人とお付き合いできるなんて……。
仕事が落ち着いたら、また待ち合わせしてデートしたいなぁ。
あの時みたいに……。
ふふっと溢した思い出し笑いと一緒によみがえった記憶。
「あっ、……もしかして」
「ん?」
「カフェで落とし物を拾ったんです。顔はよく見なかったけど、もしかしたらその人かも」
「それだけ?」
「はい。私はすぐ席に戻ったので」
「……そんな忘れられないくらい笑顔だったの?」
「いいえっ。うーん、私が笑顔……?」
この私が、自慢じゃないけど初対面の人に笑顔を振り撒くなんてできるわけ……。
「あっ!きっとそれは……!」
「……?」
いや、言えないでしょ、恥ずかしい。
司さんを前にボッと頬に火が灯り力いっぱい目を閉じて俯く。
唸っていると大きな手が私の頬をガッシリ押さえつけ、吐けとばかりにぐりぐりとプレスした。
視界に飛び込んだ司さんの笑顔は、佐川専務と言い合っていた時の表情そのもので、……うわーん怖いよぉ。
でもそんな司さんも好き、とか思ったりしちゃって。
「きっと、なにかな?」
思ったりしちゃってる私に対して、容赦なくアグレッシブな姿勢は優勢。
「司さんのことを考えてて……」
「……え?」
「わ、笑わないでくださいよっ?」
「うん」
「いつか眼鏡を受け取った後、カフェで待ち合わせしたじゃないですか」
「……あぁ」
「その日、会えると思ってなかったから凄く嬉しくて!」
「え?」
「ウキウキして、司さんが一番カッコイイなぁとか、素敵だなって色々考えて一人でニヤけてました」
変態ですみません。
自供したので解放されるはずなのだが。
固まったまま動かない司さん……。
あれ、まさか照れてる?
見つめ合ったままちょっとだけ染まった頬がなんだか可愛いくて、そんな彼に安心してふっと笑みを溢し肩の力を抜いた。
押し潰された頬にもたれて言葉を待っていると、ガクッと項垂れて溜め息を吐く。
「司さん?どうしたん……」
「かわい……」
「えっ?」
次に顔を上げた彼は、私が知らない人だった。
「美琴」
少し低い声で名前を呼ばれて、ドキッと目を見開く。
いつの間にか頬から髪の隙間を縫った指先が二人の吐息を引き寄せて、私の瞳は熱にとろけそうになる。
意地悪でも悪戯でもなくて、ただ求めるような眼差しに何も考えられなくなった。
「この間の、続き……」
急に大人っぽくなるなんて、ズルイ。
辿り着くまでは強引だったのに。
初めて触れた司さんは、やっぱり優しい。
会社で毎日顔を合わせていても、場所も違うしいつまでも二人きりだし。
私は時々深呼吸をして、不自然な緊張をまとわないように必死だった。
一方司さんはブラックのコーヒーを片手に時々あくびをする。
大人の人は余裕があります。
それか、早起きして片付けてくれていたのかな。
申し訳ないような、でも嬉しいような。
「仕事、まだしばらく忙しいんですか?」
「今描いてる図面を明日には製造に回すから、そのあとは落ち着く予定」
「そっか。良かったです」
「なんかあった?」
「いえ、あんまり寝不足だと心配だなって思っただけで……」
「……そう」
なぜか、よしよしと撫でられる。
揺れる髪がくすぐったい。
「ふふっ。あ、佐川専務って明日から……」
「あ?」
……そしていきなり怖い。
「いえ、あの……。なんでもないデス」
司さん、あ?って言った。
睨みながら、あ?って言った。
肩を竦めた私に気まずそうな咳払いをする。
彼が髪を掻き上げると少し色っぽくて、心臓がドキッと跳ね上がった。
「あー、昔いたんだよ。社長の孫で、営業部の元部長」
「……どうして今までいなかったんですか?」
「社長の息子、つまりあいつの父親が別工場やってて。応援に行ってたみたいだな」
そういえば、私達の勤める本社の他に製造のみの別工場も一ヵ所あるんだっけ。
「もともと本社は孫が継ぐってことだったらしい。だから戻ってきたんだろ」
「社長、ご高齢ですもんね……」
「あれこそ筋金入りの女好きだから近寄らないほうがいいぞ」
「……天敵なんですか?」
「まぁ色々とな」
「色々……、ですか」
「てか、あんなのといつ会ったんだ?」
「身に覚えがないです。人違いだと……」
「あいつが女の顔を見間違うなんて絶対ないから、会ってるはずだよ?」
「……え?」
佐川専務、一体どんな人なんだろう。
司さんがここまで言うなんて、よほどの人。
うーんと首を捻って視線を泳がすと、ベランダで優しくはためく司さんのティーシャツが目に入る。
すぐ顔に出ちゃうから意識しないように頑張っていたけれど、彼の匂いがするこの部屋はドキドキするのになぜかまったりした。
一度気が緩むと頬も脳内もポカポカとした陽気に包まれてくる。
「すれ違ったとか、なんかしてやったとか、声かけられたとか……」
「さぁ……」
そんなことより黒が基調の家具もお洒落で素敵。
はぁ、背が高くて優しくて少し意地悪でカッコイイ司さん……。
こんな人とお付き合いできるなんて……。
仕事が落ち着いたら、また待ち合わせしてデートしたいなぁ。
あの時みたいに……。
ふふっと溢した思い出し笑いと一緒によみがえった記憶。
「あっ、……もしかして」
「ん?」
「カフェで落とし物を拾ったんです。顔はよく見なかったけど、もしかしたらその人かも」
「それだけ?」
「はい。私はすぐ席に戻ったので」
「……そんな忘れられないくらい笑顔だったの?」
「いいえっ。うーん、私が笑顔……?」
この私が、自慢じゃないけど初対面の人に笑顔を振り撒くなんてできるわけ……。
「あっ!きっとそれは……!」
「……?」
いや、言えないでしょ、恥ずかしい。
司さんを前にボッと頬に火が灯り力いっぱい目を閉じて俯く。
唸っていると大きな手が私の頬をガッシリ押さえつけ、吐けとばかりにぐりぐりとプレスした。
視界に飛び込んだ司さんの笑顔は、佐川専務と言い合っていた時の表情そのもので、……うわーん怖いよぉ。
でもそんな司さんも好き、とか思ったりしちゃって。
「きっと、なにかな?」
思ったりしちゃってる私に対して、容赦なくアグレッシブな姿勢は優勢。
「司さんのことを考えてて……」
「……え?」
「わ、笑わないでくださいよっ?」
「うん」
「いつか眼鏡を受け取った後、カフェで待ち合わせしたじゃないですか」
「……あぁ」
「その日、会えると思ってなかったから凄く嬉しくて!」
「え?」
「ウキウキして、司さんが一番カッコイイなぁとか、素敵だなって色々考えて一人でニヤけてました」
変態ですみません。
自供したので解放されるはずなのだが。
固まったまま動かない司さん……。
あれ、まさか照れてる?
見つめ合ったままちょっとだけ染まった頬がなんだか可愛いくて、そんな彼に安心してふっと笑みを溢し肩の力を抜いた。
押し潰された頬にもたれて言葉を待っていると、ガクッと項垂れて溜め息を吐く。
「司さん?どうしたん……」
「かわい……」
「えっ?」
次に顔を上げた彼は、私が知らない人だった。
「美琴」
少し低い声で名前を呼ばれて、ドキッと目を見開く。
いつの間にか頬から髪の隙間を縫った指先が二人の吐息を引き寄せて、私の瞳は熱にとろけそうになる。
意地悪でも悪戯でもなくて、ただ求めるような眼差しに何も考えられなくなった。
「この間の、続き……」
急に大人っぽくなるなんて、ズルイ。
辿り着くまでは強引だったのに。
初めて触れた司さんは、やっぱり優しい。