「ところで、足元気をつけて」
「はい?……おぉっ!」

私の狭いアパートに比べたら広くて羨ましい司さんの住まい。
玄関からすぐの脱衣場には大量の洗濯物があったり、冷蔵庫と電子レンジしかないキッチンには大きなゴミ袋が努力の痕跡のようにあったり。
六帖のリビングには、テーブルとソファーと、足元にリモコンや未開封のカップラーメンなどなどが転がっていた。
もう一つのドアの向こうの寝室は、……覗かないほうが良さそう。
こんな司さんを実際見ると意外すぎて、それでも愛しさが増すのは恋に犯されているからだと思う。

宮内部長、デスクに書類は大量だったけれど大抵整頓されて綺麗だったから、きっと……。

「司さん、仕事はきちんとこなすけど、自分のことはどーでもいータイプですね」
「イエス!帰りが遅いと余計やる気出ないんだよね」
「ふふっ、でも洗濯はしちゃったほうが……」
「ん。天気良いしなぁ」

私も手伝いベランダに出て干していると、掃除に飽きたらしい司さんは黒いガラステーブルに肘をつき時折入る風を心地良さそうに受けていた。
歩くとごちゃごちゃした街並みでも、二階からの景色は案外良いもので、信号の先に緑に囲まれた公園が見える。

「家事得意なの?」
「えっ?んー、最低限はできますよ」

人差し指を立ててニヤリと得意気に見下ろしてみたりする私に、面白くなさそうな顔で眉間に皺を寄せる司さん。

「凄い手慣れてる感じ」
「あ、私……。小学生までは祖父母の家に預けられていたので、大体の家事は私がしてたんですよ」
「祖父母の家?なんで?」
「私の両親では家計が苦しくて育てられなかったそうで」
「でも小学生が家事って……」
「厄介者だったのでそれくらいは。祖父母と伯父さんの家族もいる家に、置いてもらえるだけでも有り難かったんですよ」
「……へー。だから美味いのか」
「うまい?」
「惣菜パン。パンも美味いけど、具がサイコー」
「本当ですか?嬉しいです!」

好きな人に手料理を誉められるって最高に幸せかも。
恥ずかしくて照れ臭くて、はにかんで頬を染め俯いた。



「あっ、パン焼いてきたんですよ!お昼まだですよね。食べましょう?」

もうすぐ1時。
空腹が鳴りそうな頃合いに、紙袋からコロコロとテーブルに広げると聞こえる歓喜。
早起きして張り切ったベーコンエピ、ウインナーパン、ハムサンド、さつまいものデニッシュ。
司さんは嬉しそうにベーコンエピの角をツンとした。

「いつも思うけど痛々しい形……」
「ふふ。エピってフランス語で麦の穂って意味らしいです。それをイメージして作ったものをそう呼ぶらしいですよ」
「なるほどねぇ!カリカリで美味いんだよな」
「司さんはいつからそんなにパンが好きなんですか?」
「高校の頃、学校の側にパン屋があったんだよ。それがまた独創的なのにスゲー美味くて、ハマったの」
「独創的?」
「食パンの上にミルククリームみたいなのが塗ってあって、そこに小さい生チョコみたいなのがポツポツ並んでたり。あとは失敗作かってくらい真っ黒だったり……」

高校生の司さんか、凄いモテたんだろうなぁ。
懐かしそうに話す彼を見ていると、私も楽しくて笑顔になる。

司さんが作ってくれたインスタントコーヒーを啜りながら、さつまいもデニッシュと一緒に、隣に並んだ彼を見上げる喜びも噛み締めた。