『君に会いたかったんだ!』



なぜ、どうして、どちらさま?

「…………人違い、だと思われます」

数少ない私の交遊関係で、佐川なんて知り合いおりません。

「いいや、僕がこんな可愛らしい子を間違うわけがない」
「かっ、かわ!?」
「君の笑顔を忘れた日はないよ!」
「はい!?」

この人、怖いを通り越して恐怖です!
握られた両手を引き抜こうとしたけれど。
ますますつめ寄られて八方塞がり。

「……す、すみません。お会いしたことないと思うんですが」
「そうだね、君にとってはほんの一瞬の出来事に過ぎないのかもしれない!だけど僕はっ!」
「や、やめてくださ……」

「セクハラですよー、佐川専務?」

「……宮内。邪魔しないでくれるかな」
「専務になられて早々セクハラ退職って、痛いっすよ」
「あいかわらず、君は口が悪いね」
「あいかわらず、自己陶酔してますね」


え、……えぇ?

司さんが、いや、宮内部長が誰かに突っかかるなんて。
微笑みを絶やさずに睨み合う二人と、緊迫した空気の漂うオフィス。
シンと静まり返ったのは佐川専務の言動にか、それとも部長の口調に驚いてか。
凍てついた氷を破壊したのは、佐々木先輩だった。

「あーっと、佐川先輩?じゃなくて専務、お時間のほうはよろしいんでしょーか?」
「……あぁ、いけない。失礼するよ」
「ちなみに来週からと言いますと?」
「祖父の後継ぎだよ。しばらくは専務取締役として、よろしくね?」
「つまりまさか……」

「僕がこの会社の次期社長だ。お忘れなく、宮内クン?」

えっ、しゃ、社長になる人!?
司さんニコニコしながら物凄く失礼なこと言ってたけど、いいのかな……!?

「へぇ。セクハラ社長じゃ行く末が心配ですね」

司さーーーんっ!!


「……じゃ諸君、また来週!」

パッと右手を上げて帰っていく専務に「お疲れ様です」と頭を下げる。

「可愛いお嬢さん、僕のこと思い出してね?」
「うっ」

去り際に投げられたウィンクに私は慌てて体を引いた。
なんだか凄く軽々しい印象。
私に絶対、そんな知り合いがいるはずない。
張りつめた緊張が解けて、それはそれは盛大な溜め息を溢した。

「ちょっと田代さん。いいなぁ、いつ専務と会ったの?」
「……はい?」
「イケメンだし次期社長だし、気に入られるなんて羨ましいわよ」
「……本当に人違いだと思います」

そんなこと言われても心当たりなんてないし……。
恐ろしくてよくは見れなかった専務の特徴を悶々と思い出す。
確かに惚れ惚れするお顔だったような、よく喋るけれど甘い声色だったような、スーツもお洒落な感じだったような……?
ダメだ、わかんない。

経理の先輩に囲まれて羨ましがられる中、隣にいたはずの司さんは気づけばさっさと仕事へ戻ってしまっていた。

「あ……っ」

声をかけようにも皆の前でかける言葉なんて私にはなくて、ただ唇を噛んだ。