「そ、そんなに笑わないでくださいよぉ」

「ククッ、腹痛い……」
「私、恥ずかしくて死んじゃいます!」

訳を聞いた俺は、もう言葉にならない笑いに肩を震わせた。
そもそも『キス』と言葉にするたび口ごもって、本当に経験ないんだなぁって、なんだか嬉しくなる俺。
どうかしてるかも……。

「あのさ。そんなん、してもしなくても美琴を好きなことに変わりはないから」
「えっ」
「嫌いになったりしないって。美琴が幸せなら良いしね」
「でも……」
「お前の気持ちのほうが大事だよ。無理させたくないし、別にゆっくりでもいいんじゃない?」
「……司さん」
「解決した?」

押さえつけていた頭を離し顔を覗き込むと、恥じらいながら口角を上げる彼女に少し、ドキッとした。
無理させたくはないけど、雰囲気は大事にするつもり。
今ならいいかなぁとか、会社ではなぁとか悩んでいると、やっぱりタイミングを逃がす。

「もう一つ、だけ。私のどこが好きなんですか?」
「……え?」
「だって私……、っ」

美琴は言いかけて、寂しそうに言葉を呑んで俯く。

「やっぱりパンくらいしかないですよね」

パンは好きだけど、……難しいこと言うなぁ。
どこっていうよりお前だからっていうか。
パンも美琴が作ったから美味いわけだし、前々からなぜそんなに自分を卑下するのか謎だった。

「ほら、例えばジャムパン?」
「ジャムパンが好きなんですか……」
「違う違う。いや、好きだけど」

ううん?と首を傾げる美琴に思わず「お前可愛いなぁ」なんて溢したら、戸惑って訝しげな顔をする。

「ジャムだけ食い続けたらクドイし、パンだけでは物足りないだろ。つまり良いも悪いも、全部まとめて好き。それが醍醐味」
「……は、はぁ」

甘いイチゴジャムが美琴の笑顔なら、控えめな甘さのパンが俯いた美琴で。
たまに出てくるストレートな告白も、普段の自信なさげにオドオドしてる美琴でオブラートに包まれてるからこそドキッとする。

「俺だって仕事終われば優しい宮内部長じゃないでしょ」
「そんな、優しいです」
「酒飲んだら偉そうだし、料理も片付けもしないし、結構ダラシナイわけ」
「……あ」

「どこが好き、って秀でてる部分じゃなくて、美琴が好き」

そういうもんなんだよ。
俺でいっぱいらしい頭をツンと突いて、この一生懸命さにヤラレテル自分を自覚する。

「美琴は違うの?」
「……違くないです」
「うん。良かった」
「家に包丁がなくても好きです!」
「……あ、そう。部屋がスゲー汚くても?」
「はい!」
「一日中ダラダラ寝てても?」
「あははっ、はい!」

見つめ合って、思ったよりも近づいていた距離を更につめる。
桃色の柔らかい頬を包み込んで、キスしようとした。

多分、お互いに、それは自然に。