「よくないわよ!」


ダンッと叩いたテーブルの上の水がコップから溢れる。
私はサッと紙ナプキンで拭いて、ついでにアイスティーをコクリと飲んだ。
ランチタイムの混雑したカフェでカルボナーラの温玉をゆっくり崩す私達。

「り、理子先輩……」
「あんたね!それは部長カナリ我慢してるわよ!」
「……我慢?」
「あんたがウブすぎんのよ!」
「……はぁ、うぶ?」


司さんと私の関係は秘密なのだけれど。

でも佐々木先輩は友達だから当然知っていて、そしたらいつの間にか理子先輩も知っていた。

こんな風に仲良くなったキッカケは、メイクをする理子先輩をある日コッソリ見ていたら問いつめられたから。
素敵な女性云々、憧れ事情を説明するとだんだんと仕事以外の話もするようになって。
そうして白坂先輩から理子先輩と呼ぶ仲へ発展。
たまにランチに誘ってくれたりもする。

あの一件以来、理子先輩は睨んだりしないし、変な噂もなくなり社内は平和に。
私の仕事スキルも少しは上がったのだろうか、経理担当の先輩から声がかかり経理の勉強を始めたところ。


一人で俯いていた日々が幻のように、今、私の毎日はキラキラしている。


「付き合って一ヶ月よね?手を繋いだだけって、今時の小学生以下よ!」
「そうなんですか!?」
「宮内部長、優しすぎんのも考えものね……」
「私がすぐ赤くなって逃げるから……」
「そんなんじゃいずれ愛想つかしてフラれるか浮気されるか、ね」
「そんなっ……!私、凄く幸せだったのに」
「あんただけ。絶対に宮内部長は満足してないから」
「……うっ、うぇ」
「ちょ、泣かないでよ!せめてキスくらいさっさとしろって言ってんの!」
「き、……き、キ」

その言葉だけで真っ赤になる私に、理子先輩は呆れて溜め息を吐いた。



司さんに嫌われたくない……。
でも、き、キス、なんてっ!

「はぁぁっ」
「なにダレてんのよ」
「だって……」
「あ、ほら!宮内部長」
「えっ……!」

ダメだ、恥ずかしくて顔を合わせられない。
理子先輩と会社へ戻ると司さんと佐々木先輩が揃って歩いていて、咄嗟に理子先輩の背中に隠れる。
きっと彼らは食後の一服ってやつだろう。
いつもはドキドキする煙草の香りが、今日は気分を重くする。
私はずーんと落ち込んだまま、二人に頭を下げて先にオフィスへ入った。

「はぁ、きす……」

いつかは、って思うけれど。
いざとなるとドキドキに押し潰されてしまいそうで、なんだか怖い。
小学生以下か……。
司さん、私より8個も年上だしこんなんじゃ不満だよね。

私が幸せなだけでは、成り立たないよね。