~宮内部長は知っている~



俺は大分間抜けな顔をしていたと思う。

白坂と話をつけてオフィスに戻る途中。
食堂のほうから話し声がして覗いてみると、美琴を抱き締める大介がいた。
薄暗くてはっきりとは見えないが、二人の背格好を見間違うはずがない。
その証拠に目が合った途端、大介はニヤリと笑う。
ジタバタしている美琴を離そうとはせず、まるで、というか確実に俺を挑発していた。

何か小声で話しているようだけど、その内容はわからないし、正直どうでもいい。
吸い寄せられるように真っ直ぐ近づいていき、しばらく互いに睨み合った。


「きゃっ!?」


無言の視殺戦に終止符を打ったのは大介。
不意に美琴を解放したかと思えば何の脈絡もなく静かに彼女の両肩を押す。
驚く悲鳴が短く上がり、そのまま足をもつれさせて後ろに仰け反ってきた。
俺はただ倒れる前に抱きとめる。

「みっ、宮内部長!?」

わたわたと体勢を立て直そうとする美琴を、俺は離せなかった。
大介が一瞥して横を通りすぎていく。
長い付き合いなだけあって、それだけであいつの意図もなんとなく理解した。
美琴と二人きりの静寂に包まれた食堂で、どこからか届くほのかな光がぼんやりと俺達を照らした。





『っ、田代さん酷いっ!なんでこんなことするの!?』

突然入った打ち合わせが終わって溜め息を吐きながらオフィスへ戻る。
ドアノブに手を乗せるとちょうど、白坂の怒鳴り声が聞こえた。
耳を済まして、少し考える。
俺はノブから手を離し、ドアを背に寄りかかり腕を組んだ。
そうでもしないと、飛び込んでいきそうな自分がいたから。

彼女は、どうするだろうか。

もちろん面白半分で試したわけじゃない。
泣き出したら多分抱き締めただろうし、逃げ出したら追いかけた。
ただ、何か確信があって。
何度も俺は言ったのに、絶対に頼ろうとしないから。
……鈍いだけかもしれないけど。
でも最近の彼女は、どこか違った。

『私、白坂先輩の作業を引き継いでやっていただけです』

声でわかる。
オドオドしてばかりの彼女が、ちゃんと顔を上げて笑ったこと。

安心して緩んだ気持ちに笑みを溢すと、いつからいたのか。
メラメラと燃えたぎる大介が捨て台詞とともに俺を押し退けオフィスに乗り込んでいった。

『お前が守ってやらないなら、俺が守るからな!』

俺は呆気に取られて遅れを取る。

おかげで噛みつき合う二人の喧嘩を収集をするはめに。
まぁ、食堂のゴミ箱は美琴がいなくなった後で不審に思い、二人でチェック済みだったし。
我慢できないのも納得なんだけどさ。