「……大丈夫?」
「佐々木先輩……。あ、庇ってくれてありがとうございました」
「いや、本当はもっと早く助けたかったんだけど。ごめん」
「え?」

なぜ謝るのか尋ねると苦笑いして肩を竦める。
どこかへ消えた二人の背中を思い私が溜め息を吐くと、佐々木先輩が優しく微笑んで肩を叩いた。

「気分転換にコーヒーでも作ってこようか」
「……はいっ」

私が落ち込まないように気づかってくれていることが嬉しくて、笑顔を返す。
廊下を歩く間も他愛ない話をして和ませてくれた。
給湯室へ入ろうとすると話し声が聞こえて、その声にドアを開けるのを躊躇う。
わずかな隙間から部長に駆け寄る白坂先輩が見えて目の前が真っ暗になった。


『田代がねぇ……』
『はい!それに今朝だって、頼んでおいた書類もできてなかったんですよ』

『そうか。……それじゃ田代に任せられないな』


宮内部長……。
私には、任せられないって……。

全てがショックで、堪えていた涙がポロポロと溢れ出した。
私はこれ以上聞くことができずに走りだす。

「田代さんっ!?」

頑張ってたのに。
前に進めてるって思ってたのに。
一番認めてほしい人に、伝わらなかった。

テーブルや椅子につまづきながら食堂を抜け、勝手口から外に飛び出すとそこはなんとなく煙草の匂いがあって、余計に胸が苦しくなる。
黒い雲がうずめく夜空を見上げ、私なんか雨に打たれて消えちゃえばいいのになんて、どうしようもなく切なくなった。

「……っく、う」

上を向いているのに涙が止まらないのは、私が弱いからですね。



「田代さんっ、濡れるよ」

歪む視界に溺れていると、佐々木先輩が食堂の中まで腕を引いてくれた。
きっと心配して追いかけてきてくれたのだろう。
なおさら涙を見られたくなくて、ゴシゴシと目を擦る。
言葉も見つからずに俯く私の冷えた体が、やがて温もりに包まれ全身が高鳴った。

「佐々木先輩!?」
「司なんか気にするなよ。そんな泣かないで、ね?」

狼狽える私を取り囲むように、大きな体に抱き締められた。
落ち込んでいると思ったから……?

「なっ、泣いてないですっ!」
「……は?」
「ただの雨です。平気ですからっ」
「……ぷっ」
「本当ですよ!離してくださいっ」

笑いだした佐々木先輩の腕から必死に抜け出そうとするが、力は強くなるばかり。
男の人に抱き締められるなんて初めてで、それよりもこんなふうに甘えるなんて私にはできなかった。

「くくっ、マジかわいー」
「はなして……」
「そんな困った顔しなくても大丈夫」
「だって、っ」
「田代さん、司が好きなんだね」
「えっ!」
「やっぱりそうかぁ。思ってた通りだ」
「どうして……」

「あいつに笑う時が、一番可愛い」

「……っ」
「安心して。司はちゃんとわかってるから」

…………え?

意表を突かれて身動ぎを止めると佐々木先輩の体が離れる。
見上げると、明るい声とは裏腹に凄く悲しそうに微笑んでいた。