「……行ったか」
「はぁっ」
「ごめん、大丈夫か?」
「白坂先輩探してたのに。いいんですか……?」
「いやぁ、根岸部長より厄介だ」
「ぷ、ふふっ」
「笑うなよ、必死だったんだぞ」
「ふふ。すみません」

たまたま居合わせただけなのに、私のところへ来てくれたような気分になって顔が綻んでしまう。
勘違いも甚だしい私、嫌な女だな。
浮かれすぎてぶつけた時の痛みも忘れていたら、部長がそっと髪を掻き分けツンツン突つき始めた。

「そんなことより頭、ガッツリやったよな……。あ、これだ」
「痛いっ!」
「うわ、たんこぶ……。ゴメン」
「部長もちゃんと前見ないとダメですよ」

私が偉そうに言うと、何かに気づいた部長がニヤリと笑う。

「ねぇ。そういえば落とし穴があったらハマりたいようなことって?」
「え?」
「大介になんて言われたの?」
「あっ……、恥ずかしいので、内緒です」
「へーそう。いいなぁ仲良しで」
「えっ!?」
「大介もふざけてるように見えるだけで、本気だと思うぞ」
「ありえないですっ!」
「どうして?」
「だって私なんか可愛くないし、付き合いたいと思うわけありませんよ!」
「……ふーん。そういうことか」
「あっ!」

しまったと唇を結ぶ私を見下ろし、溜め息を吐く。

「まぁ、大体想像ついたけど」
「じゃそっとしておいてください……」
「なに拗ねてんの?」
「部長みたいにモテる人には、からかわれる気持ちなんて。……わからないです」
「大介にモテモテだろ」
「ぶっ、部長こそ白坂先輩にっ……」
「生意気だな」
「いひゃ」
「この間抜けな顔。可愛いよなー」
「ひっ、ひどいれすっ」

ぷにぷにと頬をつねりながらケラケラと笑う私だけの笑顔。
その時、抱いたのは幸せな気持ち。
モヤモヤが一瞬で吹き飛んで、それは嫉妬だったのだと知った。


例え話です。
私はあなたの恋人になれますか?
いつか私だけを見てくれますか?

聞きたい、けど、聞けない。
もしも恋することさえ叶わなくなったら。
そう考えるだけで、怖いから。



明日のパンのリクエストを聞きながら、二人並んで廊下を歩く。
せめてこんなふうに関われる日々が、ずっと続けばいいな。