珍しく遅刻ギリギリで出勤した俺は、デスクに着くとPCを立ち上げる。
すると隣から大介が体を寄せてきた。

「おはー!……なぁ司」
「なんだよ気持ち悪いな」
「田代さんいないんだよ。休みかな?」
「あぁ」
「知ってんの?」
「あ……、いや」
「どうしたのかなー」

昨日から田代田代うるさいな。
コンタクトにした途端、無駄に絡み出したこの筋肉バカ。
……気持ちはわかるけど。

「そうだ昨日!酷いじゃんか」
「あ?」
「司なら手伝ってくれるもんだと思ってたのによー。突然黙って帰っちゃうし?」
「……急用で」
「俺帰ったの1時すぎだぞ」
「すまん。ご苦労様」
「いやまぁ、そもそも俺の仕事ですけど ね」

俺や大介の勤める設計部は、三次元CADというソフトで精密機器の製図を描く。
一台何千万円の機器の図面になるわけで、線一本もしくは数字一つ間違えたらアウ ト。
可能なことは手伝い合うが基本一人で仕上げるため、休憩時間がズレても多目にみてもらえるしクライアントの納期に間に合うよう、黙々と作業に集中する環境さえあれば良い。
なかなかやりがいのある仕事だった。


デスク上の空いているいつもの定位置にコンビニの袋を置くと、なぜか大介が覗き込む。

「あれ!お前がオニギリ持ってくるなんて珍しいじゃん」
「……パンがなかったんだよ」
「はぁ?コンビニに?」
「うるせーよ、このメロンパン泥棒」
「まだ根に持ってんのか!さすがパン大好き司ちゃん」

美琴が作ったパンを食べるのは俺なの。
というか、あいつのパンが恋しい。
コンビニの新商品を見ても買う気分にならないというか、なんか物足りないんだよな。

「えー?宮内部長、パンが好きなんですかぁ?」

俺達の会話に口を挟んできたのは、俺宛の荷物を持った白坂だった。
大介はあまり好きじゃないそうで、顔をしかめて離れていく。
前に性格がキツイって言ってたっけ。
美琴に色々やってて初めて知ったけど、女の裏の顔って怖いな。

「私、美味しいパン屋知ってますよ!今度行きません?」

行きません。

「行きつけがあるから大丈夫」
「えっ?どこですか?私もパン好きなんです。教えてくださいよ~」

教えません。

「秘密だ」
「えーっ」
「それよりこれ、工場からだよな。もう一箱なかった?」
「きゃー!すみません」

白坂は資料作りでも何でも、作業は早いんだが適当なところも多くてミスが目立つ。
仕事が早いということは、的確にポイントを押さえているということだから、気をつければ強みになるんだけど。

戻ってきた白坂から荷物を受け取り仕事を始めると、意外にも大介が話しかけていた。

「白坂さん、田代さん休みなの?」
「あぁ、はい。熱があるとかで」
「なんだって!?大丈夫かな!?」
「……え、佐々木先輩もしかしてあの子のこと!?」
「純粋でかわいーじゃん。……いじめんなよ」
「そんなことしませんよ!」
「本当かよ」
「佐々木先輩ってば酷い!宮内部長もなにか言ってやってくださいよ」

「……え?」

「うちの司は集中しておりますので、下心丸出しの後輩はお引き取りください」
「なっ、なによっ!佐々木先輩こそ、眼鏡取った途端に態度変わるなんて。単純ですねぇ?」
「態度は変えてない!赤い実ハジケタだけ!」
「きもーい」
「なんだと……っ」

「お前らうるさいぞ。仕事しろ」

「俺、白坂さん無理!」
「私もっ!」

なかなかテンポの良い組み合せだと思うが。

そんなことより、大介の発言に確信と不安が浮上して集中できなくなる俺だった。