甘いコーヒー味の余韻に浸りながら乗り切った午後。
勤務時間が終わりいつものようにカップを回収していると、空のマグカップを片手にマウスをカチカチ鳴らす部長が目に入った。

「コーヒー、作ってきましょうか?」
「あぁ、頼む。助かる」
「甘めにしますか?」
「よろしく……」

PCの画面から顔を上げた部長が私を見て「ん?」と何かを言いかける。
不思議に思って首を捻ると、佐々木先輩の声が飛んできた。

「田代さーん、俺にも愛を込めてブラックなコーヒーを作ってくれない?」
「は、はぁ」

愛ってどうやって込めるんだろう?
普通のブラックでいいんだよね。

残業する他の先輩達にも次々に頼まれて、忙しくオフィスを出た。



「ふぅ」

なんだか今日は冷えるな……。
寝不足のせいか頭もボーッとするし、帰ったら早めに寝よう。

間違わないよう注文の通りコーヒーを作り、一つだけ少し多めに砂糖を入れた。

「美琴!」

給湯室のドアが乱暴に開き、低い声で名前を呼ばれたことにビクリとする。
肩をグッと掴まれ驚いて見上げると、宮内部長でホッとして力が抜けた。

「ぶちょ……、あっ」

バランスを崩しよろめいて壁に背をつくと、そのまま部長の影に覆われる。

「……じっとしてろ」
「え?」

大きな掌に頬や首を包み込まれて約五秒。
ビックリしすぎて何も考えられず、されるがままただ見つめ返すだけ。
部長の手が気持ち良くてまったりしてきた頃。
溜め息と同時に両手がパッと離れ、その手は私の左上のほうをドンと叩いた。

「お前なぁ」

あれ、なんか怒ってる……?
私、何かしちゃったのかな。

「ごっ、ごめんなさ……」
「具合悪いだろ」
「えっ……、具合?」
「凄いダルそう。体熱いし、やっぱりずっと熱あったんじゃないか?」

自分で頬を包んでみたけれどよくわからなくて、心当たりを思い返してみる。
そういえばボーッとするし食欲もなかったな。
熱くなったり寒気がしたり、言われてみれば熱の症状。
てっきり恋の病かと思ってた。

「そっか、だからなんか変だったんだ……」
「気づかなかったのかよ?」
「寝不足なだけかと思って」
「はぁ」

私が納得すると、ガシガシと頭を掻く部長に車の鍵を押しつけられる。

「仕事、キリの良いところまで片付けるから。少し車で待ってろ」
「えっ!?そんなっ、大丈夫です!」
「この時間の電車で帰るよりマシだろ」
「でもっ!忙しいのに……、むぐっ!?」

んーっ!?
反論しようとした私の口を大きな掌が包み込み、鋭い眼差しが距離をつめた。

「……俺の言うこと聞けないの?」

後ろへも横へも逃げ場はなくて、拒否権なんてない威圧感。
もう降参することしかできず、私の掌に落ちた鍵を握り締めた。

宮内部長、お酒飲んでないのに。
なんだかちょっと怖い……。


だけど、凄くドキドキする。