「お疲れ様です」

10時になると、今日に限って珍しく揃っている営業部の皆さんにお茶を配る。
案の定、皆さん目を見開いて硬直していた。


「えっ、田代さんって実は……」

ヒソヒソと聞こえるオフィス内の会話にはもれなく私の名前が。
きっとコンタクトにしたから何か言われているんだろうな。
総務部の先輩達も白坂先輩も、私を見た瞬間驚いていたし。
思いつく術は俯くことしかなかった。

子供の頃、男の子に眼鏡を取られてブスって言われたことがあって。
十年以上経っても、いまだにそれをズルズルと引きずっているわけで。
叶うなら、今すぐ眼鏡で顔を隠したい。

配り終えて空になったトレイを顔の半分まで持っていき、そそくさとオフィスを出たところで大きな体にぶつかり跳ね返る。

「っ!?」
「あれ、田代さん!」
「佐々木先輩、すみません。前を見ていなくて……」
「コンタクトにしたの?」
「あっ、はい。眼鏡は修理中で、一週間はコンタクトなんです」
「うん。やっぱり可愛い!俺が言った通り!」
「いえっ、そんな……っ」
「ずっとコンタクトにしなよ」
「えっ!それはちょっと」

ま、また、可愛いって言われた。
お酒飲んでいないのに、信じられない。
もしかして、からかわれているのかな?

「俺この間から思ってたんだけど、田代さんタイプ!」
「……へ?」
「彼氏いるの?」
「まっ、まさか!いませんよ」
「じゃ付き合ってよー!」
「えぇっ!?」

冗談だよね……。
突然、しかも会社の廊下で、普通こんなこと言わないよね。
それとも何かの罰ゲーム?

こんな言葉、宮内部長に言ってもらえたら幸せだろうなぁ。
……なんて思う私は、夢の見すぎ。
虚しさに溜め息を吐くと、私の背後から部長の声と手刀打ちが降ってきた。

「いってぇ!」
「いい加減にしろ、大介」
「司!邪魔すんなよ。いい雰囲気だったのに」
「みこっ、あ。……田代をよく見てみろ。怖がってるじゃないか」

……今、美琴って言おうとした?
気になって振り向き見つめてみると、部長の頬がわずかに染まっている。
二人だけの時に名前で呼んでくれることが、特別な気がして嬉しくて。
頬の色が移った気がした。
そんな自分に少しだけ笑みが溢れる。

一方、よく見てみろと言われたからか、佐々木先輩は私の両肩をガシッと掴み覗き込む。
思わず持っていたトレイを盾に出した。

「いーや、怖がってないね!つーかマジで俺好み!」
「だから暑苦しいんだよ大介。お前のノリは体育会系にしか通じない」
「押しが強いと言ってくれ。そうそう昔ね、柔道やってたんだ!見て触ってこの筋肉!」
「ここは会社だ」
「スキンシップだろー?」

なんて激しいスキンシップ。
どうなることかと思ったがちょうど10時休憩が終わると、佐々木先輩は思い出したように工場へ走っていった。
部長と同じく、忙しそう。

「た、楽しい人ですね」
「昔から率直すぎて、嵐のような奴なんだよ」
「あはは。確かに、凄い勢いです」
「……怖くない?」
「はい!ビックリはするけど、話せて嬉しいです」
「ふーん」
「?」

珍しく口を尖らせた部長がツンとしてオフィスへ入っていく。
私はその背中に首を傾げた。