「と言っても、材料を入れたらスイッチ押すだけなんですけど……」
「おぉ!動き出した」

何にでも合うシンプルな生地で……。
目が見えないので、計量は部長に手伝ってもらった。
狭いキッチンで急に縮まった距離と、すぐ側で聞こえる低い声に、ドキドキして手が震える。

「パン生地は一時間かかるので、その間にカスタードを作りましょうか」
「クリームパンか!」
「正解です。宮内部長はこれを混ぜてください」
「任せろ。料理なんて久々だなー」

ハムやレタスがあれば朝食っぽくなったのだけれど、冷蔵庫を見るとあいにくその類いは空っぽ。
仕方なく、いつもたくさんある牛乳と卵で作ることにした。
私がボウルに入れた卵黄と砂糖を、部長は勢いよく混ぜ始める。
腕捲りして見えた男らしい腕にドキッとして、ゴクリと息を呑んだ。
わ、私、やっぱり変態かも……。

「っ、えっと。自炊しないんですか?」
「ん?俺の家には包丁がないんだ」
「……え」
「苦手なんだよな。作るより買ったほうが早いだろ」
「凄く、意外ですね」
「なんだよ意外って。そういう美琴こそ意外と顔小さかったんだな」
「え?」
「ほら、眼鏡ないし髪結んでるから。本来の大きさが……」

そう言って部長が躊躇いもなく頬を包んだので、恥じらう隙もなく目をしばたたかせる。
あれでも、ちょっと待って。

「意外とって!?失礼ですっ!」
「ハハッ!膨れるとデカイな。パンみたいにプクプクだぞ」
「ひっ、ひどい!ほっぺ摘ままないでくださいよぉ」
「この弾力が癖になる……」
「もうっ、ちゃんと混ぜてください!あ、疲れたら交代するので言ってくださいね」
「はいはい」

小麦粉を加え、次は火にかけ沸騰した牛乳を加えてまた混ぜる。
今度はそれを鍋に移して、無塩バターを溶かし混ぜる。
ひたすら混ぜなければいけないので、いつも私はこの辺で腕が痛くなった。
男の人は平気なのかな?

ツヤが出てきたら、氷水で冷めるまで混ぜ続けて完成だ。

「私は洗い物してるので……」
「味見していい?」
「もちろんです!スプーンはその棚に……」
「うまっ!」

……ふふ、もう食べてる。
飾らない部長は時々、子供っぽくて可愛いなと思う。
なのに指で掬って舐める仕草は、色っぽくてカッコイイ。
よく見えないけれど、それでも伝わる雰囲気に頬を染めた。

そんな時は鍋やボウルを洗うに限る。

「美味いぞ俺のクリーム!美琴も食べてみろよ」
「えっ」

泡だらけになったその瞬間に、部長は指にたっぷり乗せたクリームを私の口に突っ込んだ。

「んむっ!?」

こ、こ、これは……。
恥ずかしいです。

「……あ、悪い」
「いえ。お、美味しい、です」
「ごめん、口の周りにも」
「……っ」

部長の指が唇をなぞる。
本当、ぼやけてて良かった。
どんな顔で何されているのか、もうわからないもん。
視覚が悪いと感覚も鈍ってくるみたい。

多分私達は、少しの間見つめ合っていた気がする。