~田代美琴の恋煩い~



「宮内部長はどんなパンが好きですか?」

パン作りの本に夢中になる部長に、甘めに作ったコーヒーを出す。
私はついに気になっていたことを聞けた。

「どんなって、全部好きだよ」
「……ですよね」

何気ない優しい笑顔で、当然のように答えてくれる。
私はめげずにグイッと距離をつめた。

「じゃっ、じゃぁ!食べたいパン、ありますか?」
「そうだなぁ」
「いつもお世話になっているので、お礼したいです」
「別に俺はなにも」
「ぜひ!」
「……えーと」

テーブルを挟んで座ると、私の視力では部長がどんな表情をしているのかわからなくて、不安になる。
面と向かうと大抵恥ずかしくて俯く私だけれど、おかげで今は真っ直ぐ見つめることができた。

「うーん……」

部長は唸りながら手にしていた本を顔の前に隔てる。
あれっ?と思い横から覗くと、パタンと閉じた本の角で小突かれた。

「いたっ!?」
「……近い」
「すっ、すみません」

乗り出した体を小さくして待っていると、少しだけ頬を赤らめた部長が頬杖をつく。

「……メロンパン」
「得意です!」

私はぱっと笑顔になった。

「あとクリームパン、クロワッサン、デニッシュそれと……」
「菓子パンが好きなんですか?」
「カレーパン、ベーコンエピ、ピザ、バゲット……」
「……やっぱり全部、ですね」
「一つに絞れって言うのは……。俺には過酷な話だよ」
「ぷっ、あはは」
「本当に全部好きなの。なんでも食べられるから、どんどん作ってくれてかまわないぞ!」
「わかりました!」

嬉しくなって月曜日は何を作ろうかななんて考えていると、本の表紙に載るホームベーカリーに指を乗せる宮内部長。
どうやらパン作りの工程が気になっているご様子。

「ねぇ、これで作ってるの?」
「はい!ほらあそこに」

部屋から少しだけ見えるホームベーカリーを差すと「おぉっ!」と声を上げ、部長は吸い寄せられるようにキッチンへ向かう。
私もクスクス笑いながら後に続いた。

「ここからパンが生まれるのか!」
「部長、大袈裟ですよ」
「感動的だろ!俺は作ったことないんだから!」
「そっか。……作ってみますか?二時間ちょっとでできますけど」
「なにっ!!」

あんまり嬉しそうな顔をするので、私は得意気に人差し指を立てる。

「焼き立てが食べられますよ?」

サッと髪をまとめ、エプロンを着けた。