「……それでも、良い人だと思うの?」
「はい!あれ、覚えて……?」

「さぁ?」

混乱する美琴に、鬱陶しい前髪を掻き上げながら悪戯に笑ってやった。

「……っ!そっ、それより具合悪くないですか?いつもお世話になっているので、遠慮なくゆっくりしていってください」

部屋に射し込み始めた朝陽が眩しいのか、胸を張る彼女の満面の笑みが眩しいのか。
俺は視線を外しポツリと呟いた。

「……そうしとく」



「うーん。ところで、眼鏡知りませんか……?」
「あ、すまん。弁償する」
「……!」

踏み潰した眼鏡を見て唖然とする美琴。
俺がしたようにフレームを伸ばそうとしたり、どうにかかけてみたりしていたが。
同じくすぐに無理だと諦めた。

「ごめん。ベッド降りた時に……」
「私がその辺に置いたまま寝ちゃったんです。気にしないでください」
「すぐ新しいの作ったほうがいいよな」
「はい。この辺にメガネ屋さんか眼科ってありますかね」
「あぁ、確か……。こことか?」

スマホで調べて表示すると、それを見ようと顔を出してくる。
が、なんだか異様に近いぞ。

「……全然見えないの?」
「えっと、このくらい近ければ見えます」

その距離約十五センチ。
本人は見るのに必死で気にしていないのだろうけど、スマホを持っているのは俺なんだ。

警戒心のなさに脱帽。
上司とはいえ酔った奴を部屋に連れてきたのも、いかんよな。
寝てたの俺だけど。
こいつにとっては良い人、信頼している人なんだろうけど。
俺も一応男なんだぞ。

「大介にはビクビクしてたくせに……」
「はい?」
「いや、俺が壊したんだし。ちゃんと連れてくよ」
「えっ?でも、そんな……」
「こんなに見えないのに出歩いてて、事故にでも遭ったら俺が嫌だろ?」
「……すみません」

美琴は「よろしくお願いします」と深々と頭を下げる。
しかしはだけた胸元が、目のやり場を困らせた。

「はぁぁっ」
「どうしました?」
「なんでもない」

彼女は無意識の誘惑に長けているらしい。
考えれば考えるほど、なんだかまるで俺がこいつのことを好きみたいじゃないか。

「あ、コーヒーとか飲みますか?」
「うん。甘めで頼む」

是非とも少し離れていてくれ。

一人になって部屋を見渡すと、彼女らしい空間というか。
俺のゴミ部屋と違い綺麗に整頓されていて、なんだか照れてしまう。
棚からパン作りと書かれた本を一冊掴み、パラパラとページをめくりコーヒーを待った。